『大切なことを見極めて、“やりたいこと”へ進んでいきたい』<br>エリクソン・ジャパン株式会社 ネットワークスR&Dジャパン部長 吉田奈穂子さん【前編】のイメージ画像

マイキャリアストーリー

『大切なことを見極めて、“やりたいこと”へ進んでいきたい』
エリクソン・ジャパン株式会社 ネットワークスR&Dジャパン部長 吉田奈穂子さん【前編】

誰しも迷うキャリアの決断。管理職として活躍する女性はいつ、何に悩み、どう決断してきたのか。キャリアの分岐点と、決断できた理由を語っていただきます。

今回は、エリクソン・ジャパン株式会社で部長を務める吉田奈穂子さんにお話を伺いました。

吉田 奈穂子(よしだ なほこ)さんのイメージ画像

吉田 奈穂子(よしだ なほこ)さん

エリクソン・ジャパン株式会社 ネットワークスR&Dジャパン部長
日本の大手電機メーカーに研究員として入社し、3GPP(世界の主要な通信関連団体が参加する、携帯電話の通信規格を国際的に策定する標準化プロジェクト)のデリゲート(技術提案などを行うエンジニア)として国際標準規格の策定に従事。7年半の在籍を経て、外資系通信企業数社を経験したのち、2015年にエリクソン・ジャパン株式会社に入社。ソリューションマネージャーとして9年半にわたり活躍し、2024年7月、ネットワークスR&Dジャパン部長に昇進。本社カスタマーエクスペリエンスグループと日本のチームによる混成組織を率い、ソフトウェア品質確保を通じたお客様体験価値の向上をミッションとしている。業務と並行して通信制大学院に進学し、2024年3月に環境学修士課程を修了。

宇宙への憧れから動き出した、通信業界でのキャリア

移動・固定通信事業者に向けて通信機器やサービスを提供する、スウェーデン発のグローバル企業エリクソン。1985年に日本駐在員事務所を設置して以来、40年以上にわたり日本の通信インフラの整備・高度化を支えてきました。
2015年に中途入社した吉田奈穂子さんは現在、無線ネットワーク製品の顧客満足度の向上をミッションとしたネットワークスR&Dジャパンの部長を務めています。
「私がリードしているのは、エリクソン・ジャパンのメンバーと、スウェーデンにあるグローバル本社のエンジニアによる合同チームです。日本に駐在中の本社在籍スタッフもおり、さまざまな国籍のメンバーが持つ多様な価値観を活かして活動する、社内でも非常にユニークなチームです。
日本のお客様は、技術力だけでなく、製品の品質にも非常に高い水準を求めます。仕様の細部や品質向上に向けた取り組みなど、エリクソン・ジャパンのメンバーだけでは対応が難しい技術的なサポートを、グローバル本社のエンジニアと連携しながら進めてきました」
無線通信の領域で一貫してキャリアを築いてきた吉田さんですが、学生時代はまったく違う道を思い描いていました。
「物心ついた頃から、宇宙に強く惹かれていました。天文学者のカール・セーガンさんのドキュメンタリー番組『コスモス』が大好きで、夜遅い放映時間だったため、両親に頼んでわざわざ起こしてもらっていたほどです。家にあった宇宙関連の雑誌もよく眺めていて、自然と、将来は宇宙開発に携わりたいと思うようになりました」
大学では物理学を専攻し、大学院では宇宙開発の研究室に所属したそう。その後、「宇宙開発に携われる可能性があるかも」と、日本の大手電機メーカーに就職した吉田さん。最初に配属となったのは、モバイルの無線通信を研究する部署でした。
「当時は、入社前に配属先が決まる職種別採用はなく、まずは配属されたところで経験を積んで頑張ろうと考えていました。いずれ宇宙関連部署で働けたらと思っていましたが、モバイル領域の知識が深まるごとに、技術の最先端に触れられる面白さや、通信の基盤を作り、社会インフラを支える仕事の社会的な意義を見いだしていきました」
研究部署では、携帯電話の国際通信規格を定める標準化プロジェクト「3GPP(Third Generation Partnership Project)」に参画し、自社で開発したアルゴリズムの提案などを担当しました。
「研究では常に3~4年先の未来の技術を扱うため、最初は“社会貢献性”を実感することはありませんでしたが、標準化に関わっていた技術が数年後に社会実装される様子を見て、『私が携わった技術が、ようやく世の中に出てきた』と喜びを感じることが増えていきました」

国際標準化会議で感じた「生き方の違い」から、外資への挑戦を決めた

約7年半在籍した大手メーカーでは、年8回ほど開催される3GPP会議に参加するため、世界各国を訪れ、さまざまな国や地域のエンジニアと接する機会に恵まれた吉田さん。30代前半で外資系企業への転職を決めました。
「当時の日本社会は、今ほど女性が結婚や出産後も働き続けることが一般的ではありませんでした。海外の方々から『日本では結婚したら会社を辞めるの?』『子どもができたら仕事を辞めるって本当?』と聞かれて、働き方や生き方の価値観の違いを感じることが何度もありました。エリクソンのあるスウェーデンをはじめとする北欧の国々の、『男女を問わず仕事を続け、ワークライフバランスを大切にする』考え方に触れ、私もそういう環境で働いてみたいと思うようになりました」
その後、吉田さんは米国に本社のある企業に転職しましたが、「日本市場からの撤退」という本社の判断により、部署が閉鎖されることに。
「在籍していたメンバーは私を含め全員が退職することとなり、外資系企業で働く厳しさを学びました。一連の出来事は、周りから見れば失敗と思われる経験かもしれません。でも私にとっては、今でも大事な糧となっていて、あのときの経験があったからこそ、結果を恐れずにチャレンジできるようになったと考えています。
出会ったメンバーとの人脈も今でも生きています。仕事に行き詰まったときに相談できる仲間であり、『ほかの道もあるよね』とふっと心を軽くしてくれる存在になっています。失敗は悪いことではなくて、人生の中で、ちょっとうまくいかなかったという一つのデータに過ぎないんだと思えるようになりました」

5年間のブランクで生まれた「仕事も家族もどちらも大事」という価値観

その後、吉田さんにとって2社目となる外資系企業に在籍中に第一子を出産。それが、キャリアの大きな転換点となりました。
育休から復帰を予定していたものの、パートナーのインド赴任が決まったのです。吉田さんは退職し、家族とともに海外へ渡ることを選択。インドで第二子を出産し、帰国した後もしばらくは育児に専念しました。結果として、約5年間の“キャリアのブランク”を経験することになります。
「インドの方たちのおおらかで、細かいことは気にしない価値観に触れて、そんなにせかせか生きなくても大丈夫、とゆったりした気持ちになれました。そして、やってみたいことがあるなら、やれば良いのだとチャレンジにますます前向きになりました」
そうして2015年に、以前から「モバイル分野のトップ企業としての実績や存在感」に惹かれていたエリクソン・ジャパンへの入社を決めます。
「子どもたちと過ごす時間がとても大切なものだと感じる一方で、仕事を通じた社会とのつながりを求める思いや、自分の時間を社会貢献のために使いたいという思いも強くなっていき、とても悩みました。
もともとエリクソンの組織力の強さを3GPPの国際標準化会議に出席していたころから目の当たりにしていて、こういう組織で自分の力を発揮してみたいという思いを持っていました。それに、エリクソンには家族やプライベートを大事にする企業文化があり、ここなら、仕事も家族も同じように大切にしながら働き続けられるだろうと思いました」
5年間のブランクを経てスタートした仕事と子育ての両立の日々に、入社当初は悩むことも多かったと話します。
「どうやりくりすれば良いのか、答えが出なかったとき、スウェーデン本社を含め、周りの理解ある対応に何度も助けられました。
例えば、スウェーデン側とのリアルタイムの連携は、時差の関係からどうしても夕方以降に集中してしまいます。育児も、夕方の子どもの保育園のお迎えから食事、夜の寝かしつけまでいっぱいいっぱいで。『両立は物理的に無理なのでは…』と悩み、上司に相談すると、『夜の時間帯の会議は出なくても大丈夫だよ』と言ってくれました。家族との時間を大切にしたい、でもプロフェッショナルとして仕事も大事にしたい。その思いを理解してくれるエリクソンの文化があったから、今まで続けてこられたのだと思っています」


→「後編記事」につづきます。





~あわせて読みたい記事~
◇意図しない道に進むからこそ面白い景色に出会える(パナソニック 樫木智恵さんのインタビュー)
◇仕事を続けてきた自分が、将来の自分を支えてくれる(楽天インサイト 安原さんのインタビュー)





写真:MIKAGE
取材・執筆:田中 瑠子

  • line
  • リンクトイン

RANKINGランキング

  • 週間
  • 月間