読書がもっと楽しくなる!本にまつわる名言
みなさんは、どんな時に本を読みますか?
自己啓発のため、専門分野を学ぶため、あるいは読書自体を趣味にしているという方もいるでしょう。
本は私たちの人生に寄り添い、時に生き方を変えるほど影響力を持ちます。
今回は、読書の秋ということで、本を読むことの素晴らしさを改めて感じられる名言をご紹介します。
本を読むことの大切さを教えてくれる名言
- 『良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである』
≪ルネ・デカルト≫
哲学者、数学者。1596年生まれ、フランス出身。10歳の時、イエズス会のラ・フレーシュ学院に入学。数学や哲学、自然学など幅広い学問を学ぶ。1614年、18歳で学院を卒業後はポワティエ大学に進学。20歳の時に法学士の学位を受けて卒業する。その後、オランダやドイツの軍に従軍。しかし、直接戦闘に関わることは少なく、各地を移動する中で優秀な数学者、自然科学者、哲学者と交流し、その考えに感化される。
1628年、オランダに移り住み、約20年にわたり研究と執筆に専念。1637年に『方法序説』を発表し、17世紀の西洋哲学と近代科学に多大な影響を与え、のちに「近代哲学の父」と称されることとなる。他、1641年の『省察』、1644年の『哲学原理』などが代表作。
『方法序説』で「我思う、ゆえに我あり」という哲学的命題を提唱し、近代哲学の絶対的な第一原理を打ち立てたデカルト。「近代哲学の父」として、今なお彼の思想は私たちの社会に影響を与え続けています。
そんな世界史に名を刻んだデカルトですが、自身の思想を確立させる過程で、さまざまな学問に触れ、それらの研究に励むことで新たな哲学構想を打ち出しています。
多くの人と出会い、そしてたくさんの書物を通じて著者の考えを知ることで、大成することができたのです。
彼は『方法序説』の中で『良き書物を読むことは、過去の最も優れた人達と会話をかわすようなものである』という名言を残し、本を読むことの意義深さについて言及しています。
本は過去の偉人たちと対話ができる唯一の手段であり、彼、彼女たちが生前経験したこと、思索したことに短時間で触れることを可能にしています。
現状に行き詰まりを感じた時や、物事がうまくいかない時は、ぜひ本を読むことで新たなひらめきの手がかりを掴んでみてはいかがでしょうか。
ジャンルを問わずたくさん本を読みたくなる名言
- 『書物の新しいページを1ページ、1ページ読むごとに、私はより豊かに、より強く、より高くなっていく』
≪アントン・チェーホフ≫
劇作家、小説家。1860年生まれ、南ロシアの港町タガンログ出身。1868年にタガンログ古典科中学に入学。その後、16歳の時に実家が破産し一家は夜逃げしてモスクワに移住するも、ひとり残って勉学に励む。1879年に卒業後は、モスクワ大学医学部に入学。家計を支えるため、雑誌などに短編や雑文を寄稿する。1884年に医学部を卒業後は医師として勤務を続けながら、執筆活動を継続。7年間で400編以上もの作品を残したとされ、作家としての名声を高めた。
1887年に初の本格的な長編戯曲『イワーノフ』を執筆し、翌年には中編小説『荒野』を発表。人間観察に優れた短編の他、晩年には劇作に力を注ぎ、演劇史に残る戯曲も多い。『桜の園』『三人姉妹』『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『かわいい女』などが代表作。
医師として働く傍ら、生涯にわたって多くの作品を執筆し文筆活動に励んだ、アントン・チェーホフ。
長編小説が高く評価されていた当時のロシアにおいて、緻密に構成された短編小説により新たな境地を開く一方、『かもめ』『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』の四大戯曲と呼ばれる作品群は、今なお世界各地で上演され、演劇界に大きな影響を与え続けています。
そんなチェーホフは、熱心な読書家として知られ、医学、科学、哲学、さらには植物学や庭園作りのカタログに至るまで、生涯を通じて実に様々なジャンルの書物に触れたと言われます。
『書物の新しいページを1ページ、1ページ読むごとに、私はより豊かに、より強く、より高くなっていく』という言葉は、まさにそんな彼の読書に向き合う姿勢を表わした名言です。
チェーホフは読書から得られる知識・教養だけでなく、「読書」という行為そのものに大きな価値を見出していました。
彼は、読書が人を変えるプロセスを描いた『賭け』という短編小説を残したり、故郷に何千冊もの本を寄贈し続けるなど、読書の素晴らしさを自分以外のたくさんの人々にも知ってもらうべく、尽力したのです。
読書は自身の内面をより豊かにし、人としての奥行きを深めてくれます。できるだけ好き嫌いをせず、ぜひさまざまなジャンルの本に触れてみてはいかがでしょうか。
読書の面白みを言い表した名言
- 『読書というものは、その時に応じて読み方に深浅がある』
≪三浦綾子≫
作家。1922年生まれ、北海道旭川市出身。1939年に旭川市立高等女学校を卒業後、17歳で小学校教員になり約7年間勤務。1946年に退職後、肺結核を発病し、13年間にわたる闘病生活を送る。その間、キリスト教の信仰に目覚めて病床受洗する一方、口語短歌に積極的に取り組むようになり、創作活動に目覚める。
1961年、『主婦の友』募集の第1回「婦人の書いた実話」に「林田 律子」名義で『太陽は再び没せず』を投稿し入選。1964年には、朝日新聞社一千万円懸賞小説に『氷点』が入選。同年12月から「朝日新聞」に連載が開始されてベストセラーとなり、テレビドラマ化・映画化が相次ぐ。1994年に北海道新聞文化賞、1996年に北海道文化賞を受賞。代表作は、『塩狩峠』、『道ありき』、『裁きの家』、『銃口』など。
ベストセラー小説である『氷点』をはじめとするさまざまな作品を残し、国内外から高く評価される作家・三浦綾子さん。キリスト教精神に根差した人間愛と罪、赦しをテーマに、読者に希望を与え、戦後の日本文学界に影響を与えました。
戦中・戦後の激動期を生きた彼女は、17歳で小学校教師となり活躍する一方、戦争を経てその教育の在り方に疑問を抱き、葛藤を抱えた後、退職。その後も肺結核で長い闘病生活を強いられるなど、波乱万丈な人生を送っています。
しかし、度重なる試練や困難の中でも、クリスチャンとして信仰を重んじ、作品を通して人生への希望を表現し続けました。
そんな彼女が残した、本にまつわる言葉として広く知られるのが、『読書というものは、その時に応じて読み方に深浅がある。自分のその時に置かれた環境で、読み方が深くなったり、浅くなったりする』という名言です。
彼女の著書『わが青春に出会った本』の中でも、人や本との出会いが人生を左右すると語っており、自身の置かれた環境や苦難によって、同じ本から受け取るメッセージが変化していく読書の妙味を伝えています。
例えば、一度読んで理解できなかったり、つまらないと感じた本でも、時を経て2度、3度読むと、心に深く刺さることもあります。
本との出会いは1度きりと決めつけず、昔読んだ1冊を読み直す機会をぜひ作ってみてはいかがでしょうか。
~あわせて読みたい記事~ |





