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読むと元気になる「インタビュー」

独身時代の疎外感と子育ての多忙さ
両者を知るからこそ、全ての人の働き甲斐を追求したい

2022.12.16

女性なら誰しも迷うキャリアの決断。先輩たちはいつ、何に悩み、どう決断してきたの? 現役で活躍し続ける女性たちに、これまでのキャリアの分岐点と、決断できた理由を語っていただきます。

 

第4回は、J.フロント リテイリング株式会社 人財戦略統括部 グループ人財政策部の佐藤彩子さんをインタビュー。2018年3月に、0歳だった子どもを育てながらの転職活動を経て、大丸松坂屋百貨店に入社しました。どんな経験を経て、現在の仕事に向き合っているのか、お話を伺いました。

佐藤 彩子さんのイメージ画像

佐藤 彩子さん

J .フロント リテイリング株式会社、人財戦略統括部 グループ人財政策部。大学卒業後、 大手メーカーに入社。約12年間の在籍期間中に販売促進や商品企画、経営管理など幅広い業務を経験する。その後、外資系のモバイル通信会社に転職。バックオフィス部門の部長ポジションにて、人事・労務・経理・広報・情報システム管理業務まで幅広く管掌する。現在は、J .フロント リテイリング株式会社にて、ダイバーシティにつながるさまざまな施策立案を手掛けている。

働く母をロールモデルに、大手メーカーとベンチャー両社を経験

大丸松坂屋百貨店やパルコなどを傘下に持つ持株会社、J.フロント リテイリングで、ダイバーシティにつながるさまざまな施策立案を手掛ける佐藤彩子さん。「女性活躍推進プロジェクト」や「LGBTQ施策」、男性育休の社内制度づくりなどをリードしています。 やってきて気づいたのは、「女性云々じゃない。性別にかかわらず上司も部下も、すべての働く人が長く、心地よく働ける職場づくりが必要」だということ。それは佐藤さん自身が、「思い描いたキャリアを一直線に登ってこられなかった」からこそ、得られた視点でもあったと話します。
「ジャングルジムみたいに、ぐるっと横移動するだけで高さが変わらない時期もありました。でも、だからこそ、たくさんの違う景色を見ることができました」

子どもの頃から、身近なロールモデルは「会計士として働く母」だったと話す佐藤さん。何かしらの形でキャリアをずっと重ねていくことが当たり前だと考えていたといいます。そんな母からの唯一のアドバイスは、「大きい会社に入りなさい」というもの。そこには、小さな会計士事務所で働いていた母なりの葛藤があったそうです。
「会計士であることは男女変わらないはずなのに、母には、ほかの男性会計士にはない“お弁当の発注当番”や“掃除当番”が回ってきたといいます。同じ会計士なのにおかしいのでは…という言葉を、飲み込んできた悔しい経験があったのでしょう。『大きい会社ならそんなことは起こらないはず』という母なりの解釈から、助言してくれたんだと思います」

大学卒業後は、「ヒット商品を生み出すマーケッターになりたい」との思いから大手メーカーに就職。約12年間、販売促進や商品企画、経営管理業務など幅広い職種を経験し、「大ヒット商品は生み出せなかったけれど、やりたいことはできたから」と30代前半で1回目の転職を決めます。 選んだのは従業員300人未満のベンチャー企業。バックオフィスの部長ポジションで入り、人事から労務、経理、広報、情報システム管理業務まで幅広く担当しました。 長く務めた大手企業からベンチャーに転向したのには、佐藤さんなりの“居心地の悪さ”があったからだと話します。
「当時私は独身でしたが、同僚の中には産休育休を経て復帰するメンバーもいて、日常的なケアやキャリア形成の面でとても大事にされていると感じていました。『女性は結婚・出産してこそ一人前』という考え方があることを、社内の周りの発言から感じ取ってしまい、この環境で独身として働き続けることは“いばらの道”だと思いました。

一方で、転職先企業は情報通信関連の外資ベンチャーで、腕一本でスキルを磨きながら何社も渡り歩いているエンジニアが9割を占めていました。年齢や性別に関係なく、実力を見極める風土がとても楽で、フェアに感じられたんです」

0歳を抱えた転職活動。子育てとの両立をごく自然に受け止めた大丸松坂屋に入社を決意

IPOを目指していた2社目では、決算業務などで多忙を極める中でも面白さを感じていた佐藤さん。しかし、2017年4月に出産を経て6か月で職場復帰した際、「会社を辞めよう」と決意する出来事にぶつかります。
「『0歳児を抱えて大変でしょう』と部長職を解かれてしまったんです。私としては「子育て中であっても、きちんとキャリアを積んでいきたい」と思っていましたし、IPOに向けて、社内外の調整業務等できることはたくさんあると考えていたので、夫・実家・保育園との調整など自分なりに環境を整えた上で、職場復帰をしました。なので、部長職を解かれ、仕事の裁量も減り、年収も大幅ダウンし、まるで戦力外通告を受けた気持ちでした。さらに会社の指示を受けたであろう元部下から、『同意のもと、部長職を降りました』という書面にサインをしてほしいとお願いされ、彼女を困らせるわけにはいかなかった。サインをした瞬間に、辞めようと思いました。復帰して3週間後に退職の意を伝え、2018年3月に大丸松坂屋に入社しました」

0歳児を抱えた転職活動は想像以上に壁が厚く、子どもが0歳だと話した途端、面接担当者がトーンダウンするのを何度も経験したといいます。
「面接で経験や実績について話が盛り上がっていても、子どもが0歳だと知ると、働き方に関する質問ばかりになるんです。ある程度予想はしていましたが、それでも、働く女性にとって子育て中であることが、そこまでデメリットになるとは思っていなかったですね。
そんな中で大丸松坂屋百貨店は、0歳の子どもがいますといっても、『ふーん』と聞き流されるような感じでした。ネガティブに捉えられることはなく、役員からは『じゃあ残業は難しいよね。でも、そもそも残業なんて誰もしなくていいんだからね』という言葉が返ってきました。業界未経験で分からないことだらけでしたが、この会社なら長く働ける、と思いました」

入社後、新卒採用担当を経て今の仕事に就いている佐藤さん。コアタイムのないフレックスタイム制があったため、子どもの急な発熱や保育園からの呼び出しにも柔軟に対応でき、「仕事はあとで帳尻を合わせればいい」というカルチャーに助けられたといいます。
「フレックス制度は、性別やバックグラウンドに関係なく、みんなが使っています。『前日が遅かったので昼から出勤します』というメンバーも普通にいて、“働くママ”ということがことさら注目されない自由度がある。その環境はありがたいなと思います」

一筋縄には登れないジャングルジム。何周もしたから、いろんな景色が見えるようになった

自身が結婚、出産を経験し、仕事との両立をする当事者になったことで、今の社内制度や施策づくりにはどんな影響を与えているのか。聞いてみると、置かれている環境はそれぞれ、という多様な視点を持てるようになったと話します。
「子育てとの両立では、仕事が終わった途端、子どものためにすべきことを頭の中でばばばっとリストアップして動き始めなくてはいけない。クールダウンできる時間が一切ないところは大変ではありますが、子どもが5歳になった今、少しだけ時間に余裕が持てるようになりました。

私は独身時代が長かったこともあり、当時は『女性活躍=働くキャリアママのもの』と疎外感を抱いていました。結婚している・していない、子どもがいる・いない、それぞれの人生があるのに、子育て中の方が『大変だ!時間がない!』とおっしゃっていると、そうなんだろうな、じゃあ私が代わりにやるしかないな、でも私にも優先したいプライベートがあるのにな、でもそれは言っちゃいけないんだろうなと、どこか遠慮していました。そうした違和感や疎外感を持つ方の視点は自然と持てているのかなと思っています。

今では、自分がママ当事者になり、『独身だったころの私は、子育て中の社員に気を使いすぎていた』と思うこともあります。勿論、周囲に甘えるべきところは感謝を持って甘えさせてもらう。一方で、自分でやるべきことは、子育て中であってもやりきる。自分のキャリアを築くという点では、独身や既婚、子どもがいるとかいないとかは関係なく、きちんと自分の足で立つことが大事。どちらにも寄りすぎない視点は、とても大切にしています」

現在は、会社から求められる「女性活躍推進」の枠にとどまらず、すべての世代が性別に関係なく働き甲斐を持てる環境づくりに意識を向けているといいます。
「今は、社会的な風潮もあって、若手社員や女性の活躍にフォーカスされがちです。でも中堅の男性社員や中間管理職の方たちもいろんなジレンマを抱えながら仕事をしていらっしゃる。カテゴリーに分けたくないし、優先順位をつけたくないんです。全世代、あらゆる人の働きやすさを追求することが、巡り巡って女性活躍につながるのだと思っています」

そのフラットさの背景にあるのは、「ここまで経験してきた、キャリアの横移動」と笑う佐藤さん。もし順風満帆に階段を上っていたら、見えなかった景色がたくさんあったと話します。
「最初にプランを立てていても、その通りに行かないことは多々あります。20代や30代のときは、自分だけ停滞しているなとか、自分だけが報われないなって焦ったり、この状況を打破したいともがいたりしていました。でも、そのすべてがいい経験になるんだと、今になるとわかります。
今振り返ると、一直線に登れないジャングルジムを登っていたんだなと思うんです。ぐるぐると何周も回ってようやく一段上に上がれたころには、いろんな人の気持ちが見えるようになっていた。まっすぐ進めないほうが、実はいいことがあるんだよとぜひ多くの人に伝えたいですね」

これまでの大変な経験も終始明るい表情で話す佐藤さん。悔しかったり凹んだり、そんなときに大事にしてきたことを聞くと、「誠実であること」だと答えてくれました。
「ポジティブでいようと思っても、人ってそんなに常に明るい面ばかりを見ていられませんよね。だから、しんどいときは『誠実であり続けよう』と自分に言い聞かせています。
目の前の仕事を丁寧に、どうにもならない環境に対しても腐らない。その姿勢は、必ず誰かが見ていてくれますし、その時少しずつ積み上げたものが、いつか自分を支えてくれるものになると信じています」

写真:龍ノ口 弘陽
取材・執筆:田中 瑠子