産婦人科医 稲葉可奈子先生に聞く、働く女性が「ウェルビーイング」向上のためにできること
管理職や責任ある立場に就く30〜40代の女性は、仕事のやりがいを感じる一方で、プレッシャーや無理を重ね「自分のことを後回しにしている」という状態に陥りやすい世代でもあります。
こうした状況の中で、今あらためて問いたいのが「働く女性にとってのウェルビーイングとは何か」という問い。
『シン・働き方〜女性活躍の処方箋〜』(きずな出版)の著者である産婦人科医の稲葉可奈子先生に、ウェルビーイングの基本的な考え方を解説いただきます。
目次
稲葉可奈子
産婦人科専門医・医学博士
京都大学医学部卒業、東京大学大学院にて医学博士号を取得、双子含む四児の母。産婦人科診療の傍ら、病気の予防や性教育、女性のヘルスケアなど生きていく上で必要な知識や正確な医療情報を発信している。メディア出演、連載、企業研修、講演、監修など多数。 「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」代表/「みんリプ!みんなで知ろうSRHR」共同代表/メディカルフェムテックコンソーシアム副代表
心も身体も、社会的にも満たされている状態=ウェルビーイング
ーそもそも「ウェルビーイング」とは、どのような概念なのでしょうか?
稲葉:ウェルビーイングは「健康」よりも広い概念の言葉です。健康は主に体のことを指し、医学的に問題がないという数値的な側面で測れるもの。一方、ウェルビーイングは身体的・精神的だけでなく、社会的にも満たされて幸福である状態を指します。
噛み砕いて言うと、心も身体も、そして社会的にも元気で心地良い状態というのがウェルビーイングですね。
ー日本ではウェルビーイングの理解は進んでいるのでしょうか?
稲葉:様々なメディアやセミナーでも「働く人のウェルビーイング」という言葉がよく見受けられるようですし、企業や個人も意識し始めているのかなと思います。
ウェルビーイングという言葉は、その響きからも「なんとなく良さそうなものだ」というイメージがあり、理解されやすい概念だと感じます。今は浸透段階の概念なので、深く理解しようと意気込むより、「まずは良い状態を目指してみよう」と意識してみる、くらいで十分だと思います。
ー働く女性がウェルビーイングを考える時、意識すべきポイントは?
稲葉:ウェルビーイングは、ワークライフバランスと密接に関連しています。
ワークライフバランスとは、各人それぞれが望むライフプランやキャリアを実現していくためのバランスです。そのバランスがとれれば、ウェルビーイングも満たされていくはず。
その上で重要なのは、自分の中での優先順位を決めることです。何を優先するべきか決めきれないまま、なんとなく目の前の仕事やプロジェクトに追われていると、後から後悔することもあります。
ー30〜40代の責任ある立場の女性が特に陥りやすいウェルビーイングの課題はありますか?
稲葉:妊娠・出産をいつどうするかについては、どうしても女性がぶつかる課題です。
年齢を後から巻き戻すことはできません。キャリアのために仕事を優先し、妊娠出産の検討を先延ばしにした結果、後から後悔してしまうケースは、現場で見ていても多い印象です。だからこそ自分の中の優先順位を決めて働くことは大切だと感じます。
健康面に関しては、不調を感じた時にある程度は自分でコンディションを整えることができます。ただ、生理が重い方やPMSがひどい方は、自分ではコントロールできないので、婦人科にかかりつけを持ってご相談下さい。適切な治療を受けることでパフォーマンスを落とさずに過ごすことができます。
「人生の中で優先したいこと」のための制限は仕方のないこと
ー女性のキャリアの中で、ウェルビーイングを損なわないための心構えはありますか?
稲葉:その時々で「今の自分にとって一番優先したいことは何か」を考えられていれば、後悔も少なくなるのだと思います。そして、優先したいことのために一時的に何かを制限したり我慢したりすることは、仕方のないことだと割り切ること。
例えば、「子どもが欲しい」と思って出産をした場合、産後はある程度働き方を制限することになります。それによって仕事での経験値は制限されますが、「子どもが欲しい」ということが人生において優先度が高いものならば、ある程度は仕方ないと潔く割り切り、制限されることをネガティブに捉えないようにするのがおすすめです。
あくまで「今の時期は子どもを優先する」という一時的な選択ですし、すべてを制限するわけではなく、可能な範囲でキャリアを継続しつつ、今は子育てを優先して、状況が変わったときにまた仕事の比重を高めていく。そんなふうに、人生を長いスパンで捉えながら、その時々の優先順位を見直していけると良いのだと思います。
ー自分で自分の人生を決めていくことが、ウェルビーイングを実現する上で大切なのでしょうか?
稲葉:そうだと感じます。他人からどう思われるかではなく、自分がどうしたいか。自分が満たされていればそれで良いのです。自分の物差しで判断することが、ウェルビーイングを達成するためにとても大事です。
ーウェルビーイングな状態でいるために、習慣や意識した方が良いことはありますか?
稲葉:ストレスや悩みを抱え続けないことですかね。生きていれば嫌なことやストレス、悩むようなことがありますが、それを抱えていると心身に負荷がかかります。
ちょっと引っかかるようなことがあったら、言える人に共有してデトックスするのはオススメです。一人でモヤモヤを抱えていると長く引きずったり、負のエネルギーがどんどん大きくなっていきます。人に話すと、第三者の意見も聞けて客観的に物事が見られるようになり、「思っていたほど大した問題じゃなかった」と落ち着くこともあります。負のエネルギーに取り込まれないようにすることが大切です。
ー身体のケアについては、何か意識した方が良いことはありますか?
稲葉:世間には「健康のためにこれをやるべき」とたくさんの情報が溢れていますが、そういった情報に囚われすぎない方が良いと感じます。「取り入れた方が良い」と感じて無理なくできることなら実践してみて良いですが、気にすることで追い詰められたり辛くなったりするくらいなら、あまり気にしすぎない方が良いです。 自分が毎日快適に過ごすことが、ウェルビーイングなので。
もちろん、仕事を終えた後に運動して健康的な食事をして8時間睡眠をすることが幸せにつながる方はそれをしてほしいです。でも「しなければ」というようにストレスに感じてしまうのなら本末転倒だと思います。
私自身も、どうしても夜更かしはやめられません。だから「睡眠時間を何時間以上確保しないとお肌に良くない」などの説は気にしないようにしています。
部下のウェルビーイングのために、職場では心理的安全性を確保して
ー管理職として部下のウェルビーイングのために意識しておくことがあれば教えてください。
稲葉:前提として、女性ならではの生理や更年期の症状などは、その程度が千差万別で、本人にはコントロールできないものです。生活習慣が整っている人は症状が軽い、症状が重い人は自己管理がなっていないということは決してありません。
まずは、自分ではコントロールできない症状の違いがあることを理解していただきたいです。そしてこれらの症状は、保険診療で治療できます。症状が重くて仕事のパフォーマンスに影響があるなら、我慢せずに婦人科で相談していただきたいのです。
ただ、忙しくて受診できない方が多いのも事実。そこで、管理職の方は部下が病院受診のために仕事を休むことを相談しやすい、心理的安全性を確保することが大切です。
実際、体調不良で毎月休みを繰り返すより、受診のために少し休んで治療を受ければ、毎月のパフォーマンスを落とすことがなくなるかもしれません。受診のための休みは投資なのです。
そもそも有給休暇なので、本来どんな理由であれ仕事を休むことを遠慮する必要はないのですが、なぜかみんな遠慮してしまいます。管理職の方には、普段から「受診が必要でしたら遠慮なく相談してください」などの声かけをしていただくと、部下の方も相談しやすくなるのかなと思います。
自分はどんな状態が幸せなのかを知ることが、ウェルビーイングの第一歩
ー30〜40代は家事育児と仕事を両立している方もいますし、プレッシャーもある世代です。ウェルビーイングを見失わないためには?
稲葉:家事育児で負担がかかりすぎているのなら、ご本人だけの問題ではありません。パートナーがいるのならその状況をきちんと共有して、場合によってはアウトソーシングを利用することもありです。
どういう形が自分と家族にとって一番幸せなのか、何を優先するのかを考えて整えることが大切です。
優先順位の答えは一つではありません。「料理は手作りが良い」「掃除はきっちりしないと嫌」という方もいると思いますし、「それよりも家族でなるべくお出かけしたい」という方もいるかもしれません。人によっても家庭によっても優先したいことは違います。
仕事も全力で100%の力を注いで、家庭も100%で手を抜かないことを目指すと辛くなるので、どこを優先したいかを決めて、自分たちの幸せな形を探すことが大事です。
また、周囲からの期待やプレッシャーにも流されない意識が大切です。自分はどんな状態が幸せなのかを知り、優先順位と向き合うことがウェルビーイングの第一歩だと思います。
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ウェルビーイングに正解はありません。大切なのは、他人の基準ではなく「自分はどんな状態が心地よいのか」「人生で何を大切にしたいのか」を知り、その優先順位に沿って選択していくこと。忙しい日々の中でも、ときどき立ち止まって自分に問いかけてみてはいかがでしょうか。
今後、Be myselfでは働く女性のウェルビーイングに役立つ記事を配信していきます。ぜひ取り入れたいと感じるものを見つけて、参考にしてみてください。
(取材・文/菱山恵巳子)





