『虎に翼』脚本家・吉田恵里香氏「小さな主語で語ること、が男女平等の第一歩」のイメージ画像

仕事に効く話

『虎に翼』脚本家・吉田恵里香氏「小さな主語で語ること、が男女平等の第一歩」

女性の生き方を考える日として制定されている「国際女性デー」。特別企画として、女性のキャリアやLGBTQに関する作品も手がけている脚本家・吉田恵里香さんにインタビューを実施しました。どうすれば社会はもっと生きやすくなるのか、未来のために私たちができることとは。吉田さんと一緒に考えます。

吉田恵里香さんのイメージ画像

吉田恵里香さん

脚本家。1987年生まれ。NHK朝ドラ『虎に翼』、テレビドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』など、多くの作品で脚本を手がける。2022年のNHKよるドラ『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。4歳の男の子の母。

どんな選択をしても生きていけるのが、あるべき社会の姿

―女性の権利や男女平等の現状について。吉田さんはどのように感じていらっしゃいますか?
吉田:女性を取り巻く状況は、少しずつ良くなっているとは思います。ただ、歩みが遅いなというのが正直な感覚です。
子どもの頃に「自分が大人になったら変わっているかもしれない」と思っていたことが、今もあまり変わっていないんですよね。
例えば、働いていても「女性は結婚・出産したら子育てを優先しなきゃいけない」という考えがいまだに蔓延しています。
そもそも子育てを「女性がやるもの」と決め付けたまま、社会が進んでいる。「男性も育休をとろう」という話は私が大学生くらいの頃から法制度も一部改正されて話題にあがったけど、まだまだ全員が取得するに至らない。男女平等とは言うものの、結局「男性と同じところに女性を立たせてやってる」感が拭えていない気がしています。女性の社会進出が福祉の一環のように捉えられていることも、非常に嫌だなと感じています。
―吉田さんも働くなかで、男女の不平等を感じることがある?
吉田:はい。私が仕事と子育てが両立できているのは、たまたまできる環境にいるからだと思っていて。母や近所の兄夫婦のサポートがあり、事務所が子育てに理解があり、そして時間の融通が利くという、色々なことが重なっています。
ただ、周りの子育て中の働く女性の話を聞くと、そうもいかないことがほとんど。「まだ上半期も終わってないのに、子どもの病気で有休を使い果たした」とか。そんな状況だと、2人目を産もうとなかなか思えないことにも納得します。
私自身はギリギリなんとかなってますし、楽しく生きています。でも、私だけがなんとかなっている状況は、女性の権利を考える上であまり意味が無いという感覚があります。
―たしかに、「いかに環境に恵まれているか」が仕事と子育ての両立に大きく影響してしまっているとは感じます。
吉田:あと、体力があるかどうかも。母親が体調を崩さないことが、子育ての上での重要事項になっていて。それって非常に原始的な話だし、人権という視点に立ち返ると、ちょっとおかしいのではないか、と思っています。
―では、女性にとっての仕事やキャリアとはどんなものだと考えますか?
吉田:本来は仕事やキャリアは性別で変わるものではないとは思っています。男女という括りはもちろん、そのどちらに当てはまらない場合でも、キャリアを分けて考えなくて良いはず。ただ現状は、「女性」というだけで一気に選択肢が狭まっています。その自由の無さには腹が立ちますね。
女性は生物学的に出産できる機能が備わっているからこそ、子どもを産みたい人が産めて、産まなくて良い人は産まない。産んだ上でバリバリ仕事したい人はして、産まなくてもそれなりに仕事がしたい人はそれなりで…と、どんな選択をしても生きていけることが、あるべき社会の姿だと思っています。

主語を小さく語ることで、不毛な争いは減る

―吉田さんの作品には、社会に対する勇気ある発言も多く含まれています。それを後押しする力の源は?
吉田:社会を変えるために、自分の職業でできることをしていきたいという気持ちがあります。
例えば私が小学生の頃、社会科の授業ですでに少子高齢化問題を取り扱っていました。その時に「もっと大人が世の中を変える努力をしてほしい! 」と思っていて。少なくとも30年以上前からあった問題に対して、全部はクリアできなくても、できることはあっただろうに、と。
でも実際、自分が大人になってみて、日本の女性がたくさん子どもを産むことができない理由はわかるわけで。じゃあ自分が出来ることは何かと考えた時に「作品に投影する」ことだと思って意識しています。
―より良い社会にするために、私たち一人ひとりができることは何があると思いますか?
吉田:私も意識しているのですが、発言する時に主語を小さくすることだと思います。
例えば社会問題を語る時には主語が「女性」という大きな括りになることが多いと思います。「女性は○○だ」というように。そうなると、そこに入らない人がいるのは当たり前です。なので「私は○○ではない」という議論が始まりますよね。それってすごく不毛だと思っているんです。
たかだか性別が同じだけで、一人ひとりは違う人間です。その中で連帯はしていきたいけど、主語が大きくなると、反発したり不快に思う人はいっぱいいます。だから何に対しても自分ごととして喋ることが大事なのかなと思っています。

ーSNSでの議論はまさに、「私はこうは思わない」の応酬が繰り広げられているように感じます。
吉田:大きくカテゴライズすると、疎外感が生まれてしまうから反発も起きるのだと思います。でも、嫌だと思っている人、不快感がある人、何かを変えていきたい人がいるのに「私は違うと思う」という議論をすることはあまり意味がないですよね。
そもそも反対か賛成かではなくて、「自分にはわからないけれど、それで苦しんでいる人がいるのなら変えるべきだ」という姿勢にみんなが立った方が良いのかなと、思っています。
私はあなたじゃないし、あなたは私じゃない。これって当たり前にわかっていることなのに、社会の変化を求める時に主語が大きくなると、反発が起きるし、揚げ足もとられる。「じゃあ社会を良くしたくないんですか?」という問いに戻ってしまう。反発している人もそう聞かれると、社会を良くしたくないわけではなくて。この会話をする時間がすごくもったいない気がするんです。
―吉田さんは、SNSとはどう付き合っていますか?
吉田:SNSって、今ではなんだかあまりよくない場所になっていますが、自分と同じ悩みや喜びで繋がれる場所でもあるんですよね。
匿名だからこそ、意見もすごく激しくなっていますが、その過激な意見だってたかだか数100〜1000人レベルの声だと思っていて。世の中にはもっとたくさんの人がいるから、SNSの意見が全てでは決してない。必要が無いなら見なくても良いのではないかなと思っています。
ー近しい人や親しくしていた人が、SNSで過激な発信をしていてショックを受けることもあります。
吉田:もし私にとって寄り添うべき相手が、過激な意見を発信していたら「この人がこれを書いてる真意って何だろう」「この人が本当に語りたい主語は何?」という裏側を考えてみると思います。まず最後まで話を聞いてあげても良いかもしれません。
人の話は枝葉のところから始まるので、その枝葉だけでは判断できないものです。だからこちらから見てすごく過激だと思っても、その人の立場に立ってみたら、納得できる理由があるはず。実はトラウマや、すごくコンプレックスがあるとか。それでももちろん、差別的な発言はダメですが。
悲しいですが、一部の人間にとっていじめとか、人を陥れることって快楽なんですよ。だから多分誹謗中傷をしている人って、ただエンタメ感覚で行っている。映画や動画を観ることと同じ並びにある感覚なのだと思います。

次の世代に、成功体験を押し付けない

―日本で女性管理職を増やすために、私たちができることは?
吉田:皆さんもう個人では十分頑張っていると思います。これ以上、個々の努力に期待するのではなく、社会から変わらないといけません。それこそ男性も育休を絶対取ったり、保育士さんの待遇を良くしたり、託児や保育のシステムを変えたり。
強いて個人でできることがあるならば、後輩に自分の成功体験を押し付けないことですかね。物価も含め、たった1〜2年で社会の状況は変わるので、10年前の子育ての話をされても私もピンとこないですし。
しかもその成功体験って「実家を頼ろう」「夫婦円満でいつでもお迎えを頼める状況になろう」「週末常備菜を作ろう」とか。それができないから困っているわけで、再現性が無いものばかり。
「私はこうしてきました」という成功エピソードを話すくらいなら「保育園の給食があるから朝はバナナだけしか食べなくても、なんとかなる。落ち込まないで」「うちの子は、菓子パンばかり食べてる」とか言われる方がホッとするじゃないですか(笑)。だから私も下の世代に向けて何を喋るかはすごく気を遣いますね。
ーわかります!先輩女性の成功話を聞いても、 私にはできないと思うばかり。
吉田:もはや、自分にぴったりのロールモデルやモデルケースが身近に存在しない時代だと思います。女性という引き出しは「未婚・既婚」「子どもの有無」「子どもの人数」「実家との距離」「キャリア目指す・目指さない」…など、非常に細かくフォルダ分けされていると思っていて。自分と同じフォルダじゃないと思った瞬間に、心がシャットダウンしてしまいます。
だから、「連帯したい」と思った人たちからシャットダウンされずに同じフォルダに入れてもらう努力も、上の世代になったら必要なのではないでしょうか。
―これからどういった社会を実現したいと考えていますか?
吉田:本当の意味での平等や対等が当たり前になる社会が良いと思います。
今って、鈍感な人ほど生きやすい社会だと感じていて。ドット絵だったらすごくきれいに見えていたものが、鮮明度が上がったら「こんなに汚れてたんだ!」と気付くような感覚。
じゃあ「ドットのままで見てください」というのも違うはず。誰かが生きづらさを提言した時に「私はそう感じないです」「私は不快ではありません」と鈍感でいるのではなく、肯定から入るような世の中にしたいと思っています。
社会が私たちを麻痺させていることはいっぱいあります。毒蛇に嚙まれ続けて耐性ができているかもしれないけど、それは決して良いことではない。そこで「それっておかしい」と言う人が出てくる。それによって「これは毒だったんだ」と気付くこともある。そういったことが増えていく社会だと良いと思います。
  • line
  • リンクトイン

RANKINGランキング

  • 週間
  • 月間