正しい「オフ時間」の確保で翌日のための活力をチャージ! 朝から元気に活動するための、休養のポイント
慢性的な疲れはもはや仕方ないと諦めがちな、働く女性たち。でも、長く働き続けるためには、上手な休養が必要不可欠。そこで『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済社)がヒット中の医学博士・片野秀樹さんに、私たちがとるべき休養についてお聞きします。前編では、働く女性の疲れの現状や、日本人が勘違いしている疲労回復の落とし穴について語っていただきました。
※前後編、前編です。
片野秀樹さん
博士(医学)、日本リカバリー協会代表理事、株式会社ベネクス 執行役員
東海大学大学院医学研究科、東海大学健康科学部研究員、東海大学医学部研究員、日本体育大学体育学部研究員、特定国立研究開発法人理化学研究所客員研究員を経て、現在は一般財団法人博慈会老人病研究所客員研究員、一般社団法人日本未病総合研究所未病公認講師(休養学)も務める。編著書に『休養学基礎 疲労を防ぐ! 健康指導に活かす』(共編著、メディカ出版)、著書に『あなたを疲れから救う休養学』(東洋経済新報社)。
日本では、若い女性が最も疲れている
- ―まずは、働く女性の「疲れ」の実情について教えてください。
- 片野:2023年に私たち日本リカバリー協会が全国の20〜69歳の男女10万人を対象に実施した疲労感に関するアンケートでは、全体の約8割の方が「疲れている」という結果になりました。
比較データとして、1999年に厚生省が調査したアンケートでは、「疲れている」と回答したのは全体の約6割。25年間で2割も増えているのです。
私たちの2017年からの調査データでは、「疲れている」人がじわじわと確実に増えている結果になります。今後もこの流れは変わらないはず。となると、将来的には9割、いや10割の方が「疲れている」世の中になってしまう可能性すらあります。
その中でも特に、20代〜30代の女性は、すでに約9割の方が「疲れている」と回答しています。最も疲れている世代なので、早急に対策を考えなければなりません。
- ―20代〜30代の若い女性が最も疲れている理由には、どんなことが考えられますか?
- 片野:現代は共働きが増えているにも関わらず、家事・育児の負担がまだまだ女性に偏っていることが原因の一つと考えられます。仕事、家事、育児の負担が同時にかかってくるのが、20代〜30代なのだと感じます。
- ー日本人が疲れているのは、長時間労働も原因なのでしょうか?
- 片野:実は、海外と比べて日本人の平均労働時間は長くはないのです。2022年OECD発表の年間平均労働時間は、OECD加盟国の平均が1752時間。一方、日本はパートタイムでの労働者も含まれたデータではありますが、1607時間と、平均より少なかったのです。
しかし、長時間労働を課題に感じている日本人は多いですよね。それは何故かというと、休んでいるつもりの時間ですら、休めていないからだと考えています。
- ー日本人は休み方が下手、ということでしょうか。
- 片野:そうとも言えます。日本人の傾向として、働くことの美徳感が強く、仕事の時間=オンの時間のタイムマネジメントは細かく意識していていますが、休みの時間=オフの時間に対するタイムマネジメントの意識が低い。
しかも、オフの時間にも関わらずメールやビジネスチャットをついチェックしてしまいがち。これってオフではないですよね。本来、オフの時間は、自分自身をしっかりと回復させなければならない時間です。多くの人は、オフの時間を「オンの時間の残り時間」として後ろ倒しにする癖がついてしまっているのです。
そうではなくて、オフの時間をまず先に確保する意識が大切なのです。そして、その後のオンの時間の活動能力を高める、という考え方を身に付けてほしいですね。そうすれば、もっと効率的な働き方ができるはずですよ。
寝れば疲労が回復するわけではない
- ーたしかに、「効率的な働き方」というと、オンの時間だけに意識が向きがちです。
- 片野:例えば、先ほどのOECDの調査によると、ドイツは日本に比べて年間平均30日以上長く休んでいることがわかっています。それなのに、2023年には日本はドイツにGDPを抜かれています。これはいかに日本が非効率的な働き方をしているか、ということを示しています。
昨今流行りの「タイパ」という言葉に象徴されるように、日本人は、空いている時間でなるべく多くのことをしようという発想になりがちです。そうではなく、まずオフをしっかりとるという「オフ起点のサイクル」をベースにしてほしいと思っています。
- ー「オフ起点のサイクル」について詳しく教えてください。
- 片野:仕事が終わった時点をスタートとして、そこから翌日の朝までにいかに活力を高めるかを考えることが、オフ起点の目的 サイクルです。
一般的に、朝起きて活動して、活動能力が下がり、休養して、また翌朝に活動するというサイクルで考えている方が多いと思います。これは朝起点の活動→疲労→休養のサイクルですね。
でも、調査結果から約8割の方は疲れている状態でまた翌朝活動を始めています。スマホで例えると、朝起きた時に充電されていなくて、しっかり使える状態ではないのです。
なぜこのようなことが起きているかというと、疲労の後の休養=睡眠だと思っているから。「寝れば疲労が回復する」という発想なのです。たしかに子どもの頃は、寝たら翌朝には元気になりました。でも、体力や免疫力は10代・20代をピークに落ちるもの。さらに、枕元に携帯電話を置いた生活など私たちはもう単に寝るだけでは疲労は回復しないようになっているのです。
休養=睡眠ではなく、オフ起点の休養によって、明日の朝から活動するための活力を得る。このような考えにシフトする必要があります。
「疲労感」は体からのSOS!
- ―では、正しい休養をとるために、知っておくべき基礎知識を教えてください。
- 片野:まずは、「疲労」と「疲労感」の定義から。
日本疲労学会は、「疲労」とは、過度の肉体的・精神的な活動において、活動能力が減退している状態と定義しています。活動をすると、時間の経過とともにどうしても活動能力が下がっていきます。その状態が「疲労」です。
そして「疲労感」とは、疲労状態によって起こる不快感のことです。私たちが「疲れが溜まった」と感じる時、疲労感が発生しています。つまり、疲労と疲労感はセットなのです。
でも、私たちは疲労感を隠してしまうことができるのです。疲労状態にあり、疲労感が発生していても、仕事の責任感や報酬の喜び、またはエナジードリンク等で疲労感をなかったことにできてしまう。そうすると、疲労状態にあり、活動能力が下がっていることを自覚しないまま、活動を続けてしまうことになる。当然これでは良いパフォーマンスが出せません。
- ーエナジードリンクで疲労が回復できているわけではない、ということですね。
- 片野:そうですね。あくまで疲労感を隠しているだけなので。これは人間の脳が発達したからできることなのです。
例えば犬は、散歩中にしばしば、その場に止まって動かなくなることがあります。これは動物的な本能で、活動能力が低下しているサインである疲労感を察知して「疲労が回復するまで動かない」という選択をしているのです。疲労状態で歩き出してしまうと、敵に襲われた時に逃げ切れませんから。
そうは言っても人間は、疲労感を隠してでも活動をしなければならない時があるとは思います。ただ、そんな時は「実際には活動能力が低下している状態で、活動を継続している」ということを理解しておかなければなりません。
- ー疲労感を無視してはいけないのですね。
- 片野:はい。疲労感は体からの危険信号であり、それを隠す状態が恒常的に続くと、いずれ心身のバランスが崩れ、疾病につながります。
ちなみに、体から出す病気の前の危険信号は三つあり、「発熱」「痛み」「疲労感」です。
一つ目の「発熱」は、体の中で炎症が起こっている状態。発熱時は仕事を休むことが当たり前ですよね。二つ目の「痛み」は、神経や骨が刺激されている可能性が考えられます。体の痛みで仕事を休むことも、社会の理解が得られています。
そして三つ目の「疲労感」。疲れたからと仕事を休むことについては、まだまだ社会の理解が進んでいません。日本では残念ながら「働くことが良いことで、休むことは悪いこと」という価値観がいまだに根強く残っています。
だから疲労感を隠しながら働き続けることになる。でもそんな状態で長時間労働をしても良い成果が出ない。そして会社からの評価も下がる…。まさに悪循環を繰り返している労働者も多くいるのです。
インタビュー後編では、活力を高めるための具体的な休養方法についてお聞きします。