漫画家・おかざき真里さんに聞く①。元会社員の女性漫画家だから描ける、不妊治療・育児と仕事の両立のリアル
『サプリ』『&ーアンドー』など、いつの時代も圧倒的リアリティで女性が抱える問題を描く、漫画家のおかざき真里さん。現在は、不妊治療の現場で卵子や精子を管理し、受精させる胚培養士にスポットを当てた『胚培養士(はいばいようし)ミズイロ』を、青年誌『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載中です。
そんなおかざきさんご自身も、20代の頃は広告代理店でデザイナー・CMプランナーとして働き、さらには漫画を描きながら3人のお子さんの子育ても経験されています。
おかざきさんに「どうすれば女性が自信を持って働き続けることができるのか」を聞く特別企画。前編では、不妊治療を漫画で描くことへの想いや、どのように仕事と育児を両立してきたのか、そして今の時代の女性が働くことへのハードルについて伺いました。
※後編はこちら。
<プロフィール>
おかざき真里(おかざき・まり)/漫画家
1967年、長野県生まれ。高校時代からイラストの投稿やマンガ誌への連載で活動を続け、多摩美術大学美術学部デザイン科グラフィックデザイン専攻を卒業後、株式会社博報堂に入社。デザイナーやCMプランナーとして働きながら、『ぶ〜け』(集英社)にてマンガ家デビュー。2000年、結婚を機に退職。その後『サプリ』『渋谷区円山町』シリーズや、『&―アンド―』『かしましめし』など代表作多数。
目次
妊娠・出産と女性の社会参加への相性の悪さに、違和感を感じていた
- ーなぜ今、胚培養士にスポットを当てたのでしょうか?
- おかざき真里さん(以下、おかざき):私自身が妊娠出産を経験しながら仕事を継続してきたなかで、妊娠出産と社会参加の相性の悪さに辟易としている節がありました。
しかもその状況に対して、パートナーと足並みが揃わない。恐らく、これまで多くの男性は、結婚も子どもを持つことも、社会参加をする上でそれほどマイナスになっていなかったはずです。そして、働き方を変えたり、体の不調だったりは女性にしわ寄せがいく現状がありました。
そんなことを長いキャリアの中で思っていた時に、担当の編集さんから「胚培養士というお仕事をご存知ですか?」と、提案いただいたことがきっかけです。
胚培養士の仕事は、まさに妊娠・出産に関わることです。また、私の周りにも体外受精をされている方や不妊治療をされている方がとても多いと感じています。自分自身もずっと疑問や違和感を感じていた妊娠・出産というジャンルで、世に出すことに意味があるテーマだと思い、しっかりと調べて漫画として描いてみたいという気持ちがありました。
- ―あえて青年誌で、連載されている理由は?
- おかざき:元々『週刊ビッグコミックスピリッツ』の編集さんからのご提案ということは前提としてあります。しかし、不妊治療という題材は、これまで自分ごとにしてこなかった男性も多いので、青年誌で連載する意義があると感じています。
- ―男性読者からはどのような反響がありましたか?
- おかざき:彼長文の感想をお手紙でいただくこともありましたし、「とてもためになりました」と言っていただいたことも。
また、18歳の息子が「お母さんの漫画で初めて面白いと思った」と言ってくれて(笑)。知識として知らないことばかりだったようで、こうやって若い男性に届いているのはとてもありがたいですね。
- ―今の不妊治療の現場について、おかざきさんが感じること・伝えたい想いは
- おかざき:ようやく保険適用になり1年が経ちましたが、また来年度も適用範囲の改正が行われます。そして技術も日進月歩で進んでいく世界。このように、不妊治療はまさに過渡期中の過渡期の医療。現場の医者も胚培養士も、ましてや治療を受けられてる方にとっても、この先どうなるのかはまだわからない状況です。
そのような状況で、情報を集め、ベストな方法を自分で決めていかなければならないというのは、すごく難しい治療だと感じます。恐らく情報も偏ってしまうし、住んでいる地域や仕事との兼ね合い、体質によっても受けられる治療は十人十色です。
しかも、どこで終了するかも自分の納得感を軸に決断しなければならない。こんなにも患者側に決定権が委ねられている治療は他に無いのではないでしょうか。
時代は変われど、仕事で感じる喜怒哀楽は変わらない
- ―広告代理店で働く27歳の女性が主人公の『サプリ』、医療事務とネイリストのWワークをする26歳の女性が主人公の『&―アンドー』など、数々の「働く女性」を描かれていますが、働く女性像には時代を反映されているのでしょうか?
- ※『サプリ』(祥伝社、2003-2006年連載)
※『&―アンドー』(祥伝社、2010-2014年連載)
おかざき:やはりその時代の中で、自分の中にある「働くこと」への肌感覚を反映させつつ、描く職を選んでいました。
『サプリ』は、私の出産直後に連載を始めたので、赤ちゃんを抱いての取材ができなくて、自分の経験を描くために広告代理店を舞台にしました。『サプリ』連載中にほぼ3人を産んだので、連載期間の最初から最後まで誰かしらのおむつを替え、半分は授乳して、3分の1の期間は妊娠して、という感じでした(笑)。
『サプリ』の連載後半は、ずいぶん女性の正社員も増えてきた頃ではありましたね。ただ、『&―アンドー』の時代には、いわゆる就職氷河期があったので、再び女性の就職も難しくなり。その中で自分がわかる働き方がWワークだったので、テーマに選びました。
- ―「女性の働きやすさ」という時代背景が違えど、おかざきさんの作品はいつ読んでも共感するのは何故なのでしょうか。
- おかざき:個々の仕事内容よりも、働いている時の感情・感覚、喜怒哀楽を前面に出すことを意識して描いたからだと思います。
『サプリ』連載当時も、担当編集さんからは「もう少し仕事内容を具体的に書いてください」と言われていました。でも、働き方は時代に翻弄されて、次々変わるもの。あまり当時の働き方を具体的に描いてしまうと、あっという間に作品が古くなってしまうと感じていて。
今と働く環境や時代の状況が違っていても、働いてる時の感情・感覚は普遍的なモノ。特に人間の喜怒哀楽は、たぶん和歌が詠まれていた平安時代から変わっていないと思うんです(笑)。
夜8時就寝、朝3時起床で仕事と育児を両立していた
- ―ちなみに、お子さんが幼いうちはどういったタイムスケジュールで仕事と育児を両立していたのでしょうか?
- おかざき:最初はすごく大変でしたが、だんだんと夜8時には子どもと一緒に寝るスタイルになりました。そして子どもがまだ寝ている朝3時に起きて仕事をして、お弁当を作って子どもを送り出したり預けたりして、その後また仕事をして。夕方4時くらいからは保育園のお迎えをしたりご飯を作ったり、家事・育児の時間でしたね。
- ―ハードですが、子どもたちにとっては規則正しい生活だったのですね。
- おかざき: 漫画家なので会社に通勤している方よりはスキマ時間もありましたが、子どもの睡眠スケジュールにはこちらが合わせなくてはいけないので(笑)。
家事も工夫していて、台所に立っている時間を短くするために、朝のうちに晩御飯のつくり置きを1品料理して、2〜3日の期間でそれを食べるように。1日1個つくり置きをしておけば、大体3〜4品は冷蔵庫にストックがある状態が保てます。あとは子どもが学校や保育園から帰ってきたら肉焼くだけ! という状態にしていました(笑)
出産・育児の選択肢がもっと増えれば
- ―これまで、仕事と育児を両立されてきたおかざきさんですが、「女性がプライベートも充実させながら働くこと」へのハードルに、変化は感じますか?
- おかざき:昔に比べたら、女性がプライベートと両立して働くことに、納得してくれる上司も増えてきていると感じます。「プライベートは優先するものらしいね」「あんまりパワハラしちゃいけないらしいね」くらいなスタンスで(笑)。
本当はもっと早く、周りの上司が実感覚で主体的に女性の働き方に理解を示してくれるようになるといいなとは思いますが……。
- ―たしかに、制度が整ったことで働く女性への理解は進みつつあるとは感じます。
- おかざき:もっと選択肢が増えると良いですよね。今、長女が大学生で、大学院に進学する予定ですが、『胚培養士ミズイロ』を連載していて感じるのは、「もし子供がほしいのなら学生のうちに産んでもいいのでは?」ということ。院を卒業した時点で新卒時の年齢が周りより遅く、産育休を取ったとしたら少し休む期間が発生することにもなるので。
自分で生計を立てられるくらい頑張っているならば、「そんな選択肢だってアリじゃない?」と、娘にも話していて。実際は、大学院に産・育休制度が無いので難しいかもしれませんが、そういった選択肢も夢じゃないような世の中になると良いなとボンヤリ考えています。
後編では、20代から仕事と育児を両立してきたおかざきさんに、30〜40代ではどう働くべきかをお聞きします。
【後編】 漫画家・おかざき真里さんに聞く②。軸足が多いほど「まあいっか」で乗り切れる!
(取材・執筆/菱山恵巳子)