やる気は“安心”から生まれる
〜特別支援の現場から見えてきた、子どもの内側に火を灯す言葉〜
特別支援の現場に立つ現役の教員、中澤幸彦先生が、働く女性に向けて「子育てのお役立ち情報」をお届けする特集の第一弾!
今回のテーマは、「子どものやる気の生み方」についてです。
中澤 幸彦(なかざわ ゆきひこ)“ゆっきー先生”
東京都公立中学校 特別支援教室/教員
AERA with kids パパ子育てアドバイザー
「やる気スイッチ」ではなく「やる気コップ」
「やる気がないんです」
「うちの子、何をしても動かなくて…」
公立中学校の特別支援教室で教員をしている私は、これまで何度もこの言葉を聞いてきました。
働きながら子育てをされているお母さんたちにとって、「子どものやる気」は大きな関心事です。限られた時間のなかで、できれば自分から動いてほしい。そう願うのは当然のことだと思います。
けれど、現場で長く子どもたちと向き合うなかで、私はあることに気づきました。
やる気は、スイッチではありません。押せば入るものでも、叱れば点くものでもない。
むしろ、やる気は「コップ」に近いものです。
子どものやる気は、突然あふれるものではありません。日々の経験や安心感、小さな成功体験が少しずつ注がれ、ゆっくりと満ちていくものです。
特別支援教室には、新しい課題に取り組む前から「どうせ失敗する」と言う子がいます。外から見れば、やる気がないように見えるかもしれません。でも実際は違います。
失敗の痛みを知っているからこそ慎重になっている。やりたい気持ちを奥にしまい込んでいるだけなのです。
動かない時間にも、コップには水が注がれています。
否定されない経験。急かされない空気。「まだ途中だよ」と言ってもらえる安心。
反対に、「今すぐやりなさい」と焦りから一気に水を注ごうとすると、コップは倒れてしまうことがあります。
働くお母さんの焦りは、怠けさせたいからではありません。未来を思っているからこそ急いでしまう。その優しさが、ほんの少しだけ言葉を強くしてしまうことがあるのです。
自己決定の積み重ねが、やる気を育てる
私が現場で何より大切にしているのは、「選択させること」よりも「自己決定を積み重ねること」です。
特別支援の現場では支援が多くなりがちです。転ばないように道を整え、失敗しないように先回りする。それが続くと、子どもは無意識のうちにこう感じてしまいます。
「自分で決めなくてもいいんだ」
やる気は、自己決定の感覚の上に育ちます。だから私は、こんな問いを重ねます。
「どこからやる?」
「どう整えば、とりあえず始められそう?」
「やる? それとも今日はやらない? それとも、どこまでならやれそう?」
ここで大切なのは、「やらない」という選択肢も本気で認めることです。
やらないのか。 やれないのか。 やりたくないのか。 やりたいけれど、傷つくのが怖いのか。
“やらない”という一つの行動の裏には、いくつもの理由があります。そして本人自身も、その理由にまだ気づいていないことがほとんどです。
ある生徒が「今日はやらない」と言ったことがありました。私は「やらないって決めたんだね。どんな気持ちがある?」と返しました。しばらく沈黙したあと、彼は小さな声でこう言いました。
「できなかったら笑われそうだから」
やる気がなかったのではありません。傷つくのが怖かったのです。
“やらない”と決める勇気を認められた経験は、次に「やってみる」を選ぶ土台になります。問いは責めるためではなく、自分の中の本音に出会わせるためにあるのです。同時に、やるかやらないかの二択ではないことにも気づかせます。 0か10かではなく、そのあいだには1から9までの選択肢がある。
「全部は無理だけど、ここまでならできそう」
「今日は5分だけならやれそう」
そうした中間の選択肢に気づき、自分で決め、実際に行動したという体験を積み重ねること。それが、自己決定の力を育てていきます。
やる気は「やってから」生まれる
もう一つ、大切な視点があります。
やる気が出たらやる。これは、実は順番が逆です。
心理学には「作業興奮」という言葉があります。人は、やり始めてからやる気が湧いてくるのです。
つまり、やる気を待たなくていい。必要なのは、「やる気がなくても始められる仕組み」を一緒につくることです。
わが家での話です。子どもが「足が速くなりたいから朝練する」と言いました。でも続きませんでした。朝練という言葉自体が、高いハードルになっていたのです。そこで目標を変えました。
「朝起きたら外に出る」
それだけにしました。外に出ることを繰り返しているうちに、「せっかく外に出ているのだから少し走ろうか」と自然に走るようになりました。やる気は、あとからついてきたのです。
特別支援の現場でも同じです。「スマホは22時まで」と約束するよりも、「充電器の場所を玄関にする」という環境づくりを先に整える。すると、寝室に持ち込まない流れが自然に生まれます。
意思の強さだけに頼らない。 仕組みの力を借りる。 やれると思える高さまで、ハードルを下げる。
それが、やる気のコップを倒さない方法です。
安心は言葉から始まる
やる気を引き出そうとする前に、安心を減らしていないかを見てみる。
焦りの言葉。比較の言葉。ため息。
それらは、少しずつコップの水をこぼします。けれど、問いは水を注ぎます。
「どこで止まってる?」
「やらないって決めたんだね」
「自分ではどう思う?」
子どもが「自分で決めていい」と感じられる空気。 やらない理由も一緒に探してもらえる関係。そこに安心が生まれます。
やる気は、安心という土壌の上で芽を出します。無理に火をつけなくても、土が整えば自然と灯る。
あなたが急いでいるのは、子どもの未来でしょうか。それとも、今日を乗り切るための不安でしょうか。
その問いに気づいた瞬間から、子どものコップには、また一滴、安心が注がれているのかもしれません。





