“話す前に考える”は信頼の第一歩──安達裕哉さんが語る、管理職が話す前にすべきこと
部下との会話の中で多くの管理職がやってしまいがちな「反射的に話す」「自分の知識を披露する」という行為。実は、そんな話し方によって、知らず知らずのうちに部下との信頼関係を損なっているかもしれません。
大ヒット中のビジネス書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)では、「話す前に考える」姿勢を提唱しています。著者の安達裕哉氏に、信頼につながる話し方と、その日常的なトレーニングについて伺いました。前後編インタビュー、前編です。
目次

安達裕哉さん
株式会社ワークワンダースCEO/ティネクト株式会社CEO
1975年生まれ。筑波大学大学院環境科学研究科修了後、デロイト トーマツ コンサルティング(現アビームコンサルティング)に入社。品質マネジメント、人事などの分野でコンサルティングに従事し、その後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサルティング部門の立ち上げに参画。大阪支社長、東京支社長を歴任したのちに独立。著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)はベストセラーとなり、2023年・2024年のビジネス書年間ランキングで1位を獲得。
「話す前に考える」とは、相手の話を聞き、求めることに応じること
- ー「話す前に考える」管理職と「話す前に考えない」管理職の違いについて。信頼関係の構築やマネジメントでどのような違いが出ますか?
- 安達:かなり大きな違いが出てきます。「話す前に考える」というのは、まず相手の話をきちんと聞いた上で、相手が何を考え何を求めているかに応じるということです。
一方で「話す前に考えない」管理職は、相手の立場に立っていないので話が押し付けがましくなったり、余計なアドバイスをしたり。あるいは部下が困っていることに対して適切な支援ができなかったりすることが多いのです。稀に相手の話を聞かずとも気持ちが手に取るようにわかる管理職もいるのですが、ごく少数。大抵はそうはいきません。
ピーター・ドラッカーの言葉に「部下をマーケティングしなさい」というものがあります。ここで言う「部下のマーケティング」とは、まさに部下の欲求から仕事を組み立てようということ。「話す前に考える」と、かなり共通点がありますよね。
話す前に考える人は部下の将来のキャリアや展望も把握しやすいので、キャリア支援にもかなり違いが出てくると思います。
「一緒に考える」姿勢を見せることが、部下からの信頼につながる
- ー仕事では自分の考えを通す必要がある場面も出てきます。相手が求めることに応じることとのバランスはどう取るべきですか?
- 安達:悩ましいところではありますが、相手の言い分を100%聞くことが「考えて話す」ことではないんです。
相手の言い分は理解した上で、この状況をどうしようかと一緒に考える姿勢が大切。自分が伝えたいことがある場合は、いきなりそれを伝えるのではなく、相手の状況をまず理解することからスタートするのです。
例えば部下が「うちの部署はコミュニケーションが足りないと思うんです」と言った場合。考えてから話さない管理職は「いやでも、朝礼や夕礼もあるし、1on1もやってるでしょ」と言ってしまう。これは部下の言葉に適当に反応してしまっていますよね。そもそも「コミュニケーション」という言葉の意味すら自分の思い込みで喋っています。この場合、まずは部下が考える「コミュニケーション」が何を指しているのかを把握しないといけません。
考えてから話す管理職ならば、「なるほど、なぜコミュニケーションが足りないと思ったか教えてくれる?」というスタートになります。部下にとってもこういった会話ができる方が、圧倒的に良い管理職ですよね。
- ー特に部下への指導の場面など、伝えにくいことを伝える際に心がけるべきことはありますか?
- 安達:繰り返しになりますが、一番大事なのは「一緒に考えようか」という姿勢を示すことです。「今のままだったら我々も困るし、あなたも困る。だからどうするか一緒に考えない?」と。これがいわゆるちゃんと相手のことを考えている人の態度です。
伝える前段階でこういった姿勢を見せて、部下に「この管理職は自分のことをちゃんと考えてくれている」と思わせる。そうすれば、話の結論と関係なく、部下との信頼関係につながるのです。
- ー部下との信頼関係につながる会話について、他にポイントはありますか?
- 安達:先ほどの「コミュニケーション」の例のように、簡単に適当な反応をしないこと。そして昔話をしないことですね。部下との会話は自分の知識を披露する場ではありません。
これはプライベートでの会話でよくあるシチュエーションなのですが、買い物に出かけた際に一緒にいる相手から「青い服と白い服どっちが良いと思う?」と聞かれた時。つい「白(もしくは青)で良いんじゃない?」と言ってしまいがちですよね。その意見が事実だとしても、これでは相手はガッカリして、場合によっては「ちゃんと考えて」と怒られることもあります。
この場合の最適解は「青と白、それぞれどこが良いと思ったの?」です。この一言で、相手のことをちゃんと考えていることが伝わります。
「夕飯何が良い?」の最適解とは…?
- ー確かに、プライベートでもすぐに自分の意見を言ってしまいがちです。
- 安達:家族間での「夕飯何が良い?」という質問への答え方も、管理職の力量が問われますよ。
つい言ってしまいがちな「なんでも良いよ」は、まず一緒に考えようという姿勢がないですし、すぐに反応してしまっていてNGですよね。あとは「近くのラーメン屋さんが美味しいらしい」なんて言い出したら、ただ知識を披露しているだけですからね。相手から怒られますよ(笑)。
この場合の正解は「冷蔵庫の中に何があるの?」ではないでしょうか。一緒に考えようとしてくれているからこその答えですよね。
- ーなるほど。「私がこれが食べたい」の意見を押し通すのではなく、一緒に考える姿勢を示していますね。
- 安達:これって、自分の意見を曲げているわけではないんですよ。どうしても「相手の意見」と「自分の意見」の2軸を対立で捉えてしまう方も多いですが、それは間違い。相手の意見と自分の意見はグラデーションのように混ざり合っていることがほとんどで、もしかしたら同じこともある。それは歩み寄らないとわからないんです。そもそも相手だって自分の意見がわかっていない可能性もあります。
だから、お互いが納得するまで一緒に考えるしかないんです。結局一緒に考えることにどれほど時間を使ってくれたかが信頼関係に繋がります。
管理職と部下の関係に置き換えても同じです。そもそも部下だって100%仕事が嫌いだということはないと思います。お互いの意見が相反すると思っていても、どこかで折り合うポイントがあるはずなんです。ただ、多くの管理職は忙しいですし、部下を下に見てしまって対等に考えることをしていないから、関係性がこじれてしまうのです。
プライベートで相手のことを考えてから話せていれば、仕事にも活きる
- ー相手に時間を使って会話をすることを習慣化するために、日常でできるトレーニングはありますか?
- 安達:やはりプライベートで実践することですよね。僕も夫婦間の会話で「相手のことを考えること」を意識しています。疲れているとおざなりになりがちですが、夫婦といえど他人です。「相手のことを考えること」に手を抜いてしまうと、お互いの信頼関係に深刻な影響を与えると思うんです。なんなら熟年離婚も、そうした積み重ねの結果なのではないかと思うんですよね。
ろくに相手のことも考えず、相手のための時間も使わず、自分のことばかり一方的に話をしていたらそりゃ愛想も尽かされます。
いついかなる会話でも100%相手のことを考えようとするのは現実的ではないかもしれないですが、せめて大事な話の時だけでも意識することで変わると思いますよ。
- ー親子間の会話でも必要な姿勢だなと感じました。
- 安達:そうですよね。でも、子どものために時間を使うって意外と難しい。例えば部屋が散らかっていたら反射的に「片付けろ」と言いたくなってしまう。
毎回毎回子どもの話を聞くのは難しいですが、かといっていつも反射的にこちらの思いをぶつけるだけも良くない。親子間でもある程度意識すれば、後々の信頼関係につながっているのではないかと思います。
「相手のことを考えてから話す」は、むしろプライベートで実践する方が難しいんですよ。だから家族間で普段からできているならば、会社で部下に対しても自然とできるようになると思いますよ。
後編では、生成AI開発・コンサルティングを行うワークワンダースCEOの視点から、「生成AIと働き方の変化」についてお話を伺います。