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仕事に効く話

【三宅香帆さんインタビュー前編】全身全霊で働く社会の落とし穴

日本人の労働と読書の歴史をひもとき、現代の働き方の問題について提言した『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)が大ヒット中の、文芸評論家・三宅香帆さん。

 

実際、忙しく働いていると「自分の時間が持てない」「スキマ時間に惰性でSNSを見てしまう」という女性も多いはず。“世界一睡眠時間が短い”(2021年 経済協力開発機構〈OECD〉調べ)とも言われている、とにかく忙しい日本人女性。私たちはこれからどのように働くべきなのか。そのヒントを三宅さんに伺いました。

 

前後編、前編です。

三宅香帆さんのイメージ画像

三宅香帆さん

文芸評論家。1994年生まれ。京都市立芸術大学非常勤講師。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。大学院在学中から文芸評論家として活動し、文学やエンタメなど幅広い分野で批評・解説を手掛ける。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)、『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(角川文庫)ほか。

社会問題とも言える「働いていると本が読めなくなる」現象

―『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(以下、本作)の中では三宅さん自身が社会人になって“本が読めなくなった”経験をしたと書かれています。どのような働き方をされていたのでしょうか?
三宅:平日は9時頃に出社して20時頃に帰宅する生活で、休憩時間も休日もきちんとあったので、社会的に見たらいわゆる“ブラック”な働き方ではなかったんですよね。人間関係もとても良好で、仕事自体も楽しかったです。

それなのに、ある時に「あんなに好きだった本が読めていない!」ということに気が付いて。周りの友人も同じような状況の子が多くて。本を読む時間がそもそも取れなかったり、時間があっても読む気力がなかったり。その時の疑問が本作の執筆に繋がりました。

―本作の中では映画『花束みたいな恋をした』(2021年公開 脚本:坂元裕二)の内容を引用し、主人公がまさに“働いていると本が読めない”状況になっていたと指摘しています。
三宅:私がこの映画を見て一番印象的だったのは、働くうちに文化的なモノを取り入れられなくなっている状況をクローズアップしたことでした。文化的なモノには、本や漫画、演劇や長いゲームも含まれます。周りの友人もこの状況に共感していましたし、これは今の社会問題の一つなのではないかと思い始めたんですよね。

男女ともに全身全霊ではなく“半身”で働く社会へ変わるべき

―働いていると本やその他の文化的なモノが入ってこない。この現象に男女差はあるのでしょうか?
三宅:一概には言えないですが、たしかに男女差も生まれやすいかもしれません。男性的な長時間労働は女性にとって体力的に厳しい部分はありますし、育児や家事の負担も女性に偏りがちですよね。そうなると自分の身体のケアや労働以外のことに女性の方が時間を割かなければならない。結果的に本を含めた今の自分に関係ないと思われる“ノイズ”が入ってこない状態になりやすいのかなと思います。
―たしかに、長時間労働がベースにあると、体力的に男女差も出てきますよね。
三宅:そうですよね。あとは労働はできても飲み会の頻度が多いと体調崩してしまうとか、ちょっとずつ男女差が生まれてくるのかもしれません。

特に女性の場合はライフイベントの影響を受けやすく、スムーズに管理職になれるわけではないし、ロールモデルが少ないですよね。そういう意味では男性のように“全身全霊で働けば良い”とも言えず。全身全霊で働くことのメリットが女性は見えづらいのかなと感じます。

―本作で推奨している半身を仕事に、半身を趣味やプライベートに置く、“半身の働き方”にならざるを得ないということもありますよね。
三宅:本作の中で使っている“半身”という言葉は、社会学者の上野千鶴子先生の表現に由来しています。上野先生は、全身全霊で働く男性の働き方と対比して、女性の働き方を「半身で関わる」と表現していました。

私個人的には、男女ともに半身の働き方の方がスタンダードであるべきだと思いますね。男性的な働き方がスタンダードだと、男性も身体を崩すし、家庭との両立も難しいので。

目の前の仕事だけしていれば良い時期はいずれ終わる

―半身で働く=副業などのイメージがあるので、それはそれで大変そうだと思ってしまいます。
三宅:たしかに、全身全霊で一つの仕事をする方が正直ラクだとは思います。私も本が読めなかった新入社員時代、仕事のことだけを考えていれば良いのはラクではあって。

ただ、ラクな生き方が正しいわけではないんです。人生を長期的に見た時にそれで良いのか? と、問題提起をしたかった。全身全霊でラクに働くよりも、本を読むことで自分の周りにいない人に思いを馳せる想像力を磨いた方が良いのではないかと。
いつまでも自分の目の前の仕事だけをしていれば良いのではなく、ステップアップしなければならない時期が来ると思います。そんな時、他人や違う場所に対する知識・想像ができる方が長期的に見たら仕事にもプラスなはずです。

今、忙しい人にとっては負荷がかかることですが、筋トレのように継続すれば自分と違う人への理解が進みます。そういうことができる社会の方が良い社会ではないか、と思うのです。

―半身で働きながら管理職になったロールモデルも少ないと感じます。
三宅:そうですよね。もっと増えてほしいですね。正直、個人的には半身で働く一例である「時短勤務」という言葉もおかしいと思っているくらいです。

「時短」とわざわざ表現するということは、その働き方がイレギュラーであるということですよね。でも、海外だと男女ともに育児中は子どもの保育園のお迎え時間には家に帰るのが普通という国もあります。

今の日本社会だと、長時間労働が当たり前。育児や介護で早く帰る必要があるなら、その分仕事をセーブしてお給料も下げて働くことが一般的です。そうではなくて、仕事から家に早く帰ることこそあるべき姿では? と感じますね。このままでは、男女ともに働ける人がどんどん減ってしまいますよ…。

―現在の管理職世代はどうしても長時間労働が基本になっている側面もあります。30代の三宅さんが思う、理想の管理職も教えてください。
三宅:労働時間や人柄ではなく、適切な評価基準の下、成果物で評価する上司が、20代・30代には支持されている印象があります。

人柄も働く上で大事な側面ではあると思うのですが、それで評価されてしまっては、どうやったらお給料が上がるのかわかりづらいですよね。

※後編では、働きながらノイズを取り入れる方法や、働く女性にオススメの本などを伺いました。

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