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仕事に効く話

堀井美香さんインタビュー① 30代・40代の働き方は「最後に帳尻が合えばいい」

元TBSアナウンサーで、現在フリーのアナウンサーとして活躍されている堀井美香さん。20代前半で結婚・出産。子育てをしながらTBS時代にはエグゼクティブアナウンサーという管理職も経験しています。働く女性の先輩として、これまでを振り返っていただきました。自分らしく働き続けるヒントが満載のインタビューです。

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堀井美香さん

フリーランスアナウンサー。1972年、秋田県生まれ。1995年、TBSにアナウンサーとして入社。2022年3月に退社。現在は数々の人気番組のナレーションを担当し、ジェーン・スーさんとのPodcast番組『OVER THE SUN』のラジオパーソナリティとしても活躍。自身が開催する朗読会もチケットが即完するほど人気。

あえて「子育て中心」な働き方を選んだ30代

―TBSに新卒で入社されて2年目で結婚・出産をされていますが、会社員時代は仕事と家庭をどのように両立していましたか?
堀井:夫も忙しく、頼れる親戚も周囲にいなかったので、子育てはいわゆる「ワンオペ育児」でした。でも、そこに不満は全くなくて。むしろ自由に子育てができたことが楽しくもあり。30代はそんな状況をポジティブに捉えて、子育て中心で働こうと舵をきりました。

仕事はお昼のニュース番組などを中心にして、収録が深夜に及ぶゴールデン番組や夜のラジオ番組へのオファーは断っていました。「やりたいな」と思った仕事ができなかったこともありましたが、子育てに重きを置くと自分で決めていたので、納得して働いていました。
ー子育てを中心にアナウンサーとして働くというのは、当時珍しかったのではないでしょうか?
堀井:そうですね。時代が時代だけに批判もありましたが、当時の上司が「今は仕事を抑えて子育てに専念しなさい。子どもが大きくなって会社に戻ってきたら会社のために注力をしなさい。最後に帳尻があえばいいから」と言ってくださって。その言葉ですごくラクになったんですよね。

「30代は子育て」と、明確に意識していたからこそ、仕事も続けやすかったのだと思います。その意識がなかったら「いま私は何をしているんだろう」とモヤモヤしてしまうかもしれません。私自身が「今は子育てに重きを置いて、会社の役に立てない時期」と納得していたので、周囲からの批判もある意味「批判されて当たり前だよね」という感覚でした。

そういった声に反発して、社会全体を変えようとする体力や時間もなく(笑)。自分なりに、今すべきことを計画的に一つ一つクリアしていくことで、満足感を得ていました。

―40代はどのように働いていましたか?
堀井:子どもたちが2人とも中学校に進学したぐらいから徐々に手がかからなくなってきたので、ギュッと仕事を詰めて会社に貢献していました。例えば、30代ではできなかった休日出勤をしたり、夕方以降の番組に出演したり。それでも夜22時には必ず自宅にいるようにはしていましたね。

家事に関してはあまり器用には回せてなかったと思います。料理もとりあえず栄養が摂れていれば良しとしていたし、子どもたちからしたら毎日野菜と煮浸しばっかりだった印象かも…(笑)。

ただ、子どもだけで留守番する時間も長くなったことで、私としては「整った家で過ごしてほしい」という意識を持つようになって。朝、仕事に行く前に10分くらい簡単に片付けと掃除をして、数週間に1回はお掃除をしてくださる方に外注していました。

管理職になったからこそ、物事を俯瞰で見られるように

―40代では管理職も経験されています。葛藤などはありましたか?
堀井:管理職と言えど、プレイヤー兼マネージャーという状態だったので、とても忙しくて。とにかく時間が無くて休みがない状態でした(笑)。

リーダーとして矢面に立つことで、今まで受けたことのない批判もありましたし、部下の育成にも慣れていなかった。会社の上層部と部下の板挟みになることもありました。管理職としての悩みや葛藤はものすごくあったのですが、それを経験したからこそ人間として成長できたと思っています。

―管理職としての悩みや葛藤は、どのように乗り越えましたか?
堀井:乗り越えた…かどうかはわからないですが、とにかくプロジェクトの成功というゴールに向かって進んでいく意識を忘れないようにしていました。そうすると、例えば人間関係でゴタゴタしたとしても「これはゴールに向かうために仕方ないことなんだ」と思えたんです。
―では、管理職になって良かったことはありますか?
堀井:自分よりも他人に目を向けられるようになり、物事を俯瞰で見る力がついたことですね。年を重ねると、自分のことだけでは無くて次の世代にはもっと幸せでいてほしいとか、もっとこういう社会にしたいという気持ちがどんどん増えるんです。その意識の変化のスタート地点が、管理職の経験だったかなと思います。

私は、元々はリーダーシップを発揮するタイプではなかったですが、部下との付き合い方や部下をどう成長させるか、どうしたら働きやすくなるかはすごく考えてきました。その結果、人に目を向けられる人間になれたと感じています。

人からの意見を受け入れ、自分の軸を発見

―堀井さんは、TBS在籍時代から現在もライフワークとして「朗読」を続けています。朗読のスペシャリストになったきっかけは?
堀井:元々、朗読が好きだったわけではなく、20代の頃の上司が「堀井は朗読が良い」と言ってくださったことがきっかけですね。その言葉に従って、道を開いていきました。

アナウンサーは、いずれ専門分野を持たなければならないので、「私は朗読を専門にしよう」と決めた時から、毎日練習を継続して、ありがたいことに評価いただくことも多くなりました。

自分が好きだと思った方向に突き進むのではなく、他人が良いと言ってくださったことを信じて、そこに時間と労力をかけることで、好きになっていった感じですね。

ー自分の意思よりも、他人からの助言に耳を傾けることでキャリアを築いてきたということでしょうか。
堀井:そうですね。自分が「こうしたい」という頑固さよりも、人からの客観的な意見に従ってみることが私は多かったです。

実は、子育てが落ち着いた時にアナウンサーとして自信を失くしていた時期があったんです。それまで土日の仕事や夕方の仕事を断っていたこともあり、もう現場で働くのは無理かもと思い、異動届を出しました。すると当時のアナウンス部の部長から「堀井はナレーションが良いから、1年間だけナレーションをしてから異動して」と言われて。加えて当時放送していたドキュメント番組の収録現場を見に行くようにと言われたんです。

実際、毎週ナレーション収録の現場の見学に行き、たまに私も練習として数分間だけ原稿を読ませていただいて。実際に放送で使うわけではありませんが、勉強させていただきました。

「あなたはこれが向いている」と言うだけではなく、次につながるきっかけになるような、成長できる刺激的な場にさらっと置いてくれた上司には感謝しかありません。私もああいう管理職になりたいなと。

その経験がきかっけで、ナレーションに力を入れて、1年間のつもりだったのが気付いたら10年以上経っていました。周りの方の意見で、自分を良い方向に持っていったと感じています。


※後編記事に続きます
堀井美香さんインタビュー② もっと幸せな50代になるために、今からできること
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