もし「転勤族の妻」が退職を申し出たら?
管理職にお願いしたいこと
「夫が転勤することになったので、退職させていただきたく……」
管理職である読者のみなさまの中には、女性部下が夫の転勤を機に部署を去っていった経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私たちは、キャリアを考える転勤族の妻(以下、転妻)のコミュニティ kinocom(キノコム)です。自分らしいキャリアを諦めない女性約50名がオンラインで交流するほか、Kindle本「転勤妻サポートBOOK」を出版するなど、さまざまな活動に取り組んでいます。
筆者は同コミュニティで広報活動を担っており、夫の国内転勤に同行する転妻の一人です。この度Be myselfさんにて執筆の機会をいただいたのですが、筆者はマネジメントやキャリアの専門家ではありません。どんな記事を書けば読者のお役に立てるのか悩みました。そして選んだテーマが「転妻と管理職のよりよいコミュニケーション」です。
転妻仲間と交流する中で、夫の転勤が決まった際に「妻が仕事を辞めて同行する」パターンが主流だと感じます。しかし、キャリアの中断によって苦しんだエピソードは枚挙にいとまがないですし、「こんなことなら結婚しなければよかった」という弱音も聞こえてくるほど。転妻のキャリアがいかに大変か、それは彼女たちが退職時点で覚悟する以上のものだと言えます。
仕事を辞めること、特に正規雇用の職を失うことは人生に大きく影響します。ですが、その重大な決断のシーンで転妻と管理職は十分なコミュニケーションがとれているのでしょうか。双方に「転妻が辞めるのは仕方がないこと」という思考停止がないでしょうか。
この記事では、退職後の転妻にはどんな困難が待っているのかを解説したうえで、管理職のみなさまへのお願いをお伝えしたいと思います。
目次
転勤族の妻のキャリア 退職後にどんな困難があるのか
一日の大半を占めていた仕事がある日突然なくなると、何が起こるのか。私が出会ったある転妻のケースを紹介しましょう。
■「みんなは働いているのに……」ベッドで一日中泣き続けた
札幌で生まれ育ち就職先も地元を選んだゆうきさんは、札幌に赴任していた転勤族の男性と出会い、32歳で結婚。同時に夫が東京へ異動となったため、退職して夫と一緒に上京することにしました。ポジティブで人見知りもしない性格のゆうきさん。東京に知り合いは誰もいませんでしたが、新生活には何の不安もなく、むしろワクワクしていたそうです。
しかし、上京して1か月ほどが経ち生活が落ち着いたころ、強い孤独感と喪失感に襲われます。「みんなは働いているのに、私だけ家に一人だ」。会話を交わすのは夫とコンビニの店員さんだけ。毎晩のように退職した会社の夢を見てしまい、目が覚めて現実に引き戻されると、パジャマのまま一日中ベッドで泣き続けました。
さらに、ゆうきさんの責任感が自分自身を追い込むことになります。このつらい状況を誰にも相談できなかったそうです。なぜなら「この道を選んだのは私だから、自力でなんとかしなきゃ」と考えていたから。盛大な祝福とともに東京に送り出されたからこそ、家族や友人に落ち込んだ姿を見せるわけにはいかないと考え、孤独を深めていったのです。
アイデンティティ・クライシスや、人間関係の寂しさ。収入が途絶えることで金銭的な不自由さも加わります。仕事によって形作られていた自分が一気に崩れていくつらさは、ほとんどの転妻が経験しているのではないでしょうか。
■再び働こうとしても、転勤が「足かせ」に
このような困難は、転妻のキャリアにおいては序章にすぎません。働く意欲が出てくると、今度は「そもそも転妻でもできる仕事とは?」という疑問にぶち当たります。数年おきに転居し、実家も遠方で頼りづらい。家事・子育てをメインで担いがちなので、選べる仕事は限られてしまいます。
転妻という肩書きが、再び働く際のハンデになることも。元公務員のやまこさんは、新しい仕事が決まりかけた矢先、「転勤族の方はいつ辞めるかわからないから」と断られてしまいました。公務員時代に鍛えられたスキルやコミュニケーション力があるにもかかわらず、です。子どもが生まれるなどして働けない状況が長引くと、履歴書上の空白期間も延び、社会復帰へのハードルはより高いものになります。
また、せっかく職を得ても、職探しを繰り返す人生に抵抗を感じる人もいます。出産を経て夫の転勤先で社会復帰したまなこさんは、仕事は充実していたものの、その先のキャリアの展望にはもやがかかっていました。年齢を重ねるほど、新しい職場に新人として入っていくことには勇気がいります。これを転勤のたびに繰り返すのかと思うと憂鬱になり、働き方を見直すことにしたそうです。
■駐妻にはルールの壁が立ちはだかる
極め付けは海外駐在員の妻、いわゆる駐妻です。赴任先の国・地域によってはビザの関係で配偶者の就労が認められないほか、夫の会社が配偶者の就労にNGを出すケースも。個人の努力ではどうにもならないルールの壁も立ちはだかるのです。なかには就労ビザに切り替えて現地で就職する駐妻もいますが、言葉も文化も異なる地で誰にでもできることではないでしょう。
このように、退職後の転妻のキャリアにはさまざまな困難があります。もちろん、退職を機に自分を見つめ直してキャリアが好転するケースもありますし、前出の3人も今は自分なりの働き方を見つけ前向きな日々を過ごしています。また、夫の転勤先に妻の会社の支社があれば転勤できる制度なども少しずつ広がってはいますし、働くことが人生のすべてではありません。ですが、退職せず結婚前からの仕事を継続できている人は非常に少ないのは事実です。
「辞めるのは仕方ない」をやめませんか?管理職にお願いしたいこと
転妻も仕事を続けられれば、それに越したことはないのです。そこで筆者から一つご提案があります。転妻と管理職の双方が「辞めるのは仕方がないこと」という思い込みを捨てて、一歩踏み込んだコミュニケーションをしてみませんか?
■転妻と管理職のすれ違い、もったいない!
転妻が管理職のもとへ向かうまでにはさまざまな葛藤がありますが、おそらく本人は退職の意思を伝えるのみで、多くを語らないはずです。なぜなら「本当は辞めたくなくても、仕事を続けられる制度も前例もないのだから、言っても仕方がない」と考えているから。
一方、転妻が退職を申し出たとき、管理職のみなさんはどのような気持ちでいらっしゃるのでしょうか。中には「せっかく育った大切なメンバーだから、本当は引き止めたい。でも家族を選んだ本人の意思を尊重しなければ……」と本音を飲み込んだ方もいらっしゃるのでは。このように転妻と管理職の間ですれ違いが起きているとすれば非常にもったいないことです。
筆者は、新卒から約7年間働いた会社を、夫の転勤を機に退職した経験があるのですが、退職時に「どうにか仕事を続ける方法はありませんか?」とはとても言い出せなかったと思います。将来に期待してもらいながら働いていただけに、自分は裏切り者だと感じていましたから。自分のために特別な計らいをしてほしいなんて虫がよすぎる、と考えたでしょう。
しかし、コロナ禍を経て働き方はがらりと変わりました。リモートワークが一気に広まり、離れた場所でも一定の仕事ができることを誰もが知りました。だから今こそ、転妻がリモートで働き続ける選択肢を増やしていけるときではないかと思うのです。
■働き続けたい転妻のために、管理職にしてもらえたら嬉しいこと
2024年現在、時代はアフターコロナとなり出社回帰が進んでいますが、キャリアを諦めたくない転妻にとってリモートワークは自分の人生を手放さずにすむ大きな希望です。そこで管理職のみなさまは、次の2点を自社に導入できないか検討してみていただけないでしょうか。
(1)フルリモートへの切り替え
(2)業務委託への切り替え
これらの方法で退職せず仕事を続けた転妻の事例を、2つご紹介します。
まず、リクルーティングアドバイザーとして働いていたAさん。彼女は結婚後、新居からの通勤に片道1時間半もかかるようになってしまい、大きな負担となっていました。そこで上司にかけあったところ、前例が少なかったフルリモート勤務がOKに。さらに担当先を自宅から近い企業に変更してもらい、働きやすくなったそうです。
次に、転勤族の男性と結婚したものの退職を決断できなかったBさん。別居婚を1年間続けましたが、家族の時間を持てない生活に疑問を感じて悩むように。思い切って上司に相談したところ、個人事業主としてフルリモートの業務委託に切り替え、夫と同居しながら仕事を継続できることになったそうです。正社員ではなくなる点については人によって意見が分かれそうですが、Bさんの場合は好きな仕事を続けられることに満足しているそうです。
■転妻のキャリア継続は会社側にもメリットあり
フルリモートや業務委託の前例がない、または少ない場合、社内調整やルール作りなどで会社側にご負担をおかけすることになります。しかし、実現できれば会社側にも次のようなメリットがあるのではないでしょうか。
●後任探しの採用活動が発生せず、管理職の通常業務への影響が少ない
●他メンバーの業務への影響も最小限にできる
●退職による社内への不安の広がりや退職連鎖を防止できる
●ライフイベントを経ても仕事とプライベートを両立する前例ができ、他のメンバーにも選択肢が増える
他のメンバーへの影響に関連して、駐妻のちひろさんの話を思い出しました。大手企業勤務だった彼女は、若手育成プログラムに抜擢され会社から期待されていたのですが、時を同じくして夫の海外赴任が決定。退職を決意しますが、「自分の退職が後輩女性たちの活躍の道を奪うのではないか」と申し訳ない気持ちだったそうです。あってはならないことですが、残念ながら今の日本では起こっても不思議はないとも感じます。
反対に「転妻ですら働き続けられる職場」が実現されれば、他のメンバーにも活躍の機会が広がります。子育てや介護などプライベートと仕事の両立に課題を感じる人は多いです。
まとめ
冒頭でも少しご紹介しましたが、私たちkinocomが出版するKindle本「転勤妻サポートBOOK」は、キャリアに限らず転妻の人生に立ちはだかるさまざまな課題へのヒントをまとめた本です。管理職である読者のみなさまが「転妻部下の悩み・不安に寄りそってあげたい」と思ったときに手にとっていただけると、ヒントが見つかるかもしれません。今回の記事やKindle本が、誰もが活躍できる職場づくりの一助となれば幸いです。
kinocom
転勤族でもキャリアを諦めたくない方のためのオンラインコミュニティ。転勤族でキャリア支援事業を行ってきた代表山口により2021年6月に設立。たとえ転勤があっても。仲間と共に充実した人生を送れる未来を目指し、活動している。
月額1,100円でメンバー同士で毎月の目標設定・振り返りを行うグループセッションや、イベントや交流会を通じて、お悩み相談・情報交換を行なっている。会員数は47名(2023年1月現在)。今後も一人でも多くの転勤族の妻の勇気や希望、変わるきっかけにするための場を作っていく。
▶︎kinocom 公式サイト
▶︎kinocom X(旧Twitter)
▶︎kinocom Instagram