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心が奮い立つ「名言集」

仕事での「行動力」が高まる名言

仕事をしている中で、人は時に立ち止まってしまうことがあります。

 

例えば、物事がうまくいかない時や、自分の置かれている状況に不安を感じた時、失敗しないために深く考え込んでしまう時、などです。

 

もちろん、自分自身と向き合う時間は大切です。一方で、状況を変えるためには行動力が欠かせません。

 

そこで今回は、一歩踏み出す勇気をくれる名言を3つご紹介します。

心が折れかけた時こそ思い出したい名言

『「もうだめだ」と思った瞬間に「もう一歩!」と踏ん張る「耐える精神力」が、何者にも負けない、打ち勝つ力を養う』

≪大鵬幸喜≫
大相撲力士。第48代横綱。1940年生まれ、樺太出身。5歳の頃に父と別れ、母・兄弟とともに北海道へ移り住む。1956年、巡業にきていた二所ノ関部屋の稽古を見学したのを機に、高校を中退して入門。同年に初土俵を踏む。それからわずか2年8か月後、十両に昇進。四股名「大鵬」が誕生する。1961年には横綱に昇進。幕内生活12年69場所のうち優勝は32回、6場所連続優勝2回、全勝優勝8回。圧倒的な強さで、日本中を熱狂させた。
1971年に現役引退後は、大鵬部屋を興して後進の育成に励む傍ら、慈善活動にも尽力。スポーツ功労賞や紫綬褒章など数々の賞を受賞し、2013年に死去後、その功績を認められて国民栄誉賞が授与された。


数々の大記録を打ち立て、相撲界のみならず日本社会に大きな影響を与えた昭和の大横綱・大鵬幸喜。「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉は、昭和30年代の子どもたちの好きなものの代名詞として広く使われ、当時の流行語となるほど社会現象になりました。


そんな、日本中に夢と希望を与えた大鵬は、幼少期から天才と称され、その才能を認められる存在でした。


一方で、その天性の才能に甘んじることなく、誰より猛稽古に励む努力の人としても知られています。


『「もうだめだ」と思った瞬間に「もう一歩!」と踏ん張る「耐える精神力」が、何者にも負けない、打ち勝つ力を養う』という言葉は、まさに彼のひたむきな姿勢を表わす名言です。


彼の稽古の真骨頂は、息が絶え絶えになり、まさに「もうだめだ」という状態になってからだったといいます。体が動かなくなってからも土俵に上がり続け、「もう一歩」を積み重ねた結果が、前人未到の大記録樹立につながっています。


何事においても、目標を達成するというのは簡単なことではありません。困難を乗り越えた先に、再び試練が待ち受けている場合もあり、心が折れそうになる瞬間も当然あるでしょう。


しかし、「無理かもしれない」と思ったその時に行動できるか、できないかが、本当の意味であなたの真価が問われる瞬間です。


ぜひこの名言を思い出し、もうひと踏ん張り、自分を鼓舞してみてはいかがでしょうか。

及び腰な姿勢を正してくれる名言

『したことの後悔は、日に日に小さくすることができる。していないことの後悔は、日に日に大きくなる』

≪林真理子≫
小説家、エッセイスト。1954年生まれ、山梨県山梨市出身。山梨県立日川高等学校を経て、日本大学藝術学部文芸学科を卒業。大学卒業後は、コピーライターとして活躍する。その後、1982年にエッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』を発表して、エッセイストとしてデビュー。同書はベストセラーとなり、一躍注目を浴びる。
1986年、前年に発表した『最終便に間に合えば』『京都まで』で直木賞を受賞。その後も、1995年に『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、1998年に『みんなの秘密』で吉川英治文学賞、2013年には『アスクレピオスの愛人』で島清恋愛文学賞と、数々の賞を受賞し、小説家としての地位を確立した。
2018年、紫綬褒章を受章。2020年には、「同一雑誌におけるエッセイの最多掲載回数」としてギネス世界記録に認定されるなど、今なお精力的に執筆活動に励む。


直木賞をはじめとする数々の文学賞の受賞や、エッセイの週刊誌連載回数でのギネス世界記録認定など、名実ともに日本を代表する小説家のひとりである、林真理子さん。


恋愛小説や現代社会を描いた作品だけでなく、歴史・伝記小説まで幅広く手掛け、多くのファンを抱えています。


そんな林さんは、作家の枠を飛び越え、2020年に「日本文藝家協会」の理事長に女性として初選出。2022年には母校・日本大学の理事長に就任するなど、活躍の場を多方面に広げてきました。


『したことの後悔は、日に日に小さくすることができる。していないことの後悔は、日に日に大きくなる』という言葉は、彼女の飽くなき挑戦心の源泉ともいえる名言です。


仕事で何かに挑戦する時、あるいは挑戦しない場合であっても、人は自分の行動を振り返り、時に後悔をします。


挑戦後の後悔は、瞬間的にやってしまったことへの恥ずかしさを覚えますが、その失敗がのちの教訓となります。


一方で、挑戦しなかった場合の後悔は、羞恥心が芽生えることはありませんが、時を巻き戻すことはできないため、「あの時こうしていれば…」という後悔の念が強く残ります。


新たなチャレンジ、積極的な活動には、ミスや失敗の可能性が伴います。そのため、一歩踏み出すことを躊躇してしまう場面もあるでしょう。


そんな時こそこの名言を思い出し、勇気を出して行動してみてはいかがでしょうか。

自ら未来を切り拓くことの大切さを説いた名言

『この世で成功する人とは、立ち上がって、自分が望むような状況を探し回り、もし見つからなければそれを創り出す人だ』

≪バーナード・ショー≫
劇作家、劇評家、音楽評論家、社会主義者。1856年生まれ、アイルランド出身。幼少期より、音楽や絵画、演劇に興味を持ち、美術館や劇場に通う。1876年、ロンドンに移住。小説家を目指すも、当初は作品が受け入れられずに苦戦する。1880年代からは、美術・音楽・演劇の評論の筆を振るう傍ら、マルクスの「資本論」を読み影響を受ける。
1884年、穏健な社会主義団体で、後にイギリス労働党の元となったフェビアン協会の創設直後に入会。パンフレット、講演、街頭演説などでの辛らつでウィットに富んだ評論が話題となり、とくに音楽と演劇分野でその才能を認められる。1892年、最初の戯曲として『やもめの家』を発表。以後、半世紀以上の間に50編以上の戯曲を発表した。『ピグマリオン』『聖女ジョウン』などが代表作として知られる。1925年には、ノーベル文学賞を受賞。20世紀を代表する劇作家の一人として、今なお世界各地でその作品が上演されている。


シェイクスピアに次ぐイギリスの偉大な劇作家とも評されるバーナード・ショー。


社会問題に対する鋭い風刺や、ウィットに富んだセリフ回しが観衆の心を掴み、数多くの深い名言を残した人しても知られます。


そんな彼が残した言葉の中でも、行動力を高めてくれるのが、『この世で成功する人とは、立ち上がって、自分が望むような状況を探し回り、もし見つからなければそれを創り出す人だ』という名言です。


戯曲『ウォーレン夫人の職業』のセリフとして登場するこの言葉は、格差の激しいイギリス社会への風刺であるとともに、彼自身の人生を体現しています。


アイルランドの貧しい家庭に生まれ、教育もまともに受けられない中でも、小説家を夢見てロンドンへ移住。しかし、熱心に書いた最初の5作品はすべて出版社に断られ、まったく売れませんでした。


そこで、彼は諦めるでも、結果がでるのをただ待つでもなく、環境をガラッと変える選択をします。図書館に通い詰めて猛勉強し、社会主義運動を通して、自らの言葉を大衆に届ける機会を増やしていきました。


結果、多くの人々の共感を得て、手掛けた演劇も好評を博すようになり、劇作家としての地位を築くことに成功します。


物事がうまくいかない時、周りの環境がその原因となっていることもしばしばあるでしょう。環境を変えるのは容易ではないため、やり遂げるのを諦めてしまう人も少なくないはずです。


しかし、別のルートからゴールにたどり着くことができる場合もありますし、道がないなら、独自のやり方でチャレンジしてみることもできます。


ぜひこの名言に倣って、自ら行動して未来を切り拓いてみてはいかがでしょうか。





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