『組織の外側から自分の価値を意識できる人が伸びていく』
フランスベッド株式会社 インテリア事業本部 インテリア商品企画部 副部長 石川南都子さん【後編】
誰しも迷うキャリアの決断。管理職として活躍する女性はいつ、何に悩み、どう決断してきたのか。キャリアの分岐点と、決断できた理由を語っていただきます。
今回は前回に引き続き、フランスベッド株式会社でインテリア商品企画部副部長を務める石川南都子さんにお話を伺いました。
石川 南都子(いしかわ なつこ)さん
フランスベッド株式会社 インテリア事業本部 インテリア商品企画部 副部長
1991年に新卒でデザイン開発職として入社。ベッドフレームのデザイン開発を手掛け、数々のグッドデザイン賞を受賞。現在はプロモーション課を担当し商品の認知向上に向けカタログやPOP、動画、売り場提案などの販促物制作、商品の企画立案などに従事しながら会社のブランディングプロジェクトに参画。プライベートでは2児の母。
“使い手=作り手”という考えが生まれた、子育ての日々
- フランスベッドにデザイン設計職で新卒入社し、ベッドフレームのデザイン開発を手掛けていた石川さん。32歳で第二子を出産しますが、その実体験によって、“使い手=作り手”という意識の解像度が一機に上がり、デザイナーとしての大きなターニングポイントになりました。
- 「1年休業して子育てをしているうちに、生活の中の不便がとても目立つようになりました。授乳して、添い寝をして…とベッドの上にいる時間が増えると、『人生の変化に応じて、寝室の使い方は変わっていくのに、なぜベッドだけが変わらないのだろう』と課題の輪郭が具体的に見えるようになったんです」
- それまで頭の中で考えていた“デザイン”が、生活の体現から一気にあふれ出るように生まれ、提案に至ったのが、添い寝できるベッド「イルベローチェ」シリーズでした。
- 「復帰後に開発したのが、ベッドとベッドをすき間なく並べて使える『ぴったりツイン』というベッドです。当時は、“家族構成の変化や生活スタイルの変化に合わせて使えるデザイン”とうたった商品はあまりありませんでした。それもあってか、『ぴったりツイン』はマーケットニーズに応える形でヒットにつながりました。“作り手は使い手でなければ、その形は生まれない”。そんな使い手を理解するという考え方をより鮮明に持つ貴重な経験となりましたね」
突然の部署異動。できない自分に出会い謙虚になれた
- 現在、インテリア商品企画部の副部長としてマネジメントを担う石川さん。かつて課長職として在籍したメディカル商品企画課での経験が石川さんのマネージャー像に大きな影響を与えたと話します。
- 「入社以来ずっとインテリア部門にいたところから、突然、メディカル部門に課長ポジションで異動になったことがありました。多様な部署を経験したほうが良いという上司の計らいだったと思うのですが、当時は戸惑いしかありませんでした(笑)。
インテリアは生活をより素敵にする提案である一方、介護用ベッドや車いすなどのメディカル商品は、生活におけるサポート機能の提案によりマイナスをゼロに近づけるもの。商品開発の考え方が180度異なり、知識もゼロだった私は、入社20年目にして“何もできない人”になってしまったように感じました」
- 商品について部下に一つひとつ聞いて教えてもらう「思うようにできない日々」でしたが、だからこそ、「今までの自分にあぐらをかいていた」ことに気付かされたと話します。
- 「部下がとても懐が深く誠実な人柄の持ち主で、頼りない上司にとことん向き合ってくれて『こうですよ。そうではありませんよ』と丁寧に知識を共有してくれました。そのおかげで、立場を超えて学ぶことの大切さを改めて感じましたし、とても謙虚になれました。同じところにいたら見えない景色を見せてもらえたな、と感謝でいっぱいでしたね」
- さらにその後、営業推進課として、お客様に販売する営業メンバーのサポート業務についたことで、会社のブランディングに携わる今の業務の意義や価値を見出していったと言います。
- 「営業推進課に配属となり、営業現場に目を向けたときに感じたのは、商品理解の不足というよりも、会社としての強みや誇りが十分に言語化されていないことでした。
その結果、自分たちの価値を確信をもって語れるだけの見える実績が共有されていないことに、もどかしさを感じました。
私たちは長年にわたり真摯にものづくりを続けてきましたが、その積み重ねが「なぜ選ばれるのか」という明確な根拠として社内で共有されきれていなかったのです。
そこで私は、フランスベッドの“ナンバーワン”を改めて探そうと考えました。過去何十年にもわたる商品データや実績を専門機関とともに整理し、数字として可視化していく取り組みを進めました。
それは社外へのアピールというよりも、まず社内の仲間が自信を持てる状態をつくるための挑戦でした。
インテリア部門とメディカル部門、デザイナーと営業推進など、複数の部署を見た経験が、フランスベッドというブランド全体を俯瞰する視点につながっていったのだと思っています」
夫との死別で、「家族を養う・社会を背負う」という覚悟が生まれた
- 置かれた環境に甘えていた、と感じた出来事は、プライベートでもあったと振り返る石川さん。子ども2人が思春期を迎えた約10年前に、夫が他界するという出来事を経験しました。
- 「それまでもずっと仕事を持っていましたが、夫が突然亡くなり、一人になったとき、『これからは、子どもたちを育てるために、家族の生活のために働かねば』という意識にはっきりと変わりました。この仕事がしたいとか、あの仕事は嫌だとかそんなことを言っている場合ではないと腹をくくった瞬間があって…。厳しい現実を前に、私はこれまで、夫がいるから、いざとなっても大丈夫と甘えていたのだと痛感しました」
- それは、広く社会を見渡せば、多くの男性が背負ってきたプレッシャーだったということにも気づかされたと話します。
- 「今でこそ、生き方も家族のあり方も多様になっていますが、今までの社会では、家族を養う・社会を背負うという役割を男性が担うケースが多かったと思います。そのプレッシャーの重さはこれほどのものだったのかと、初めて知れた感覚でした。夫婦2人でいたときには真ん中にあった軸が、すべて自分にのしかかり、自分の選択ですべてが決まるのだと覚悟しなければなりませんでした」
- 当時、会社から部長ポジションへの打診を受けていたという石川さん。でも、「責務を背負う自信がない」、「今は家族に主軸を置いた働き方をさせてほしい」と辞退したといいます。
子育てがひと段落し、ようやく副部長として立てている今、メンバーには「自分を知るために、外の世界を知っていってほしい」と伝えています。 - 「ビジネス環境の変化の激しさから、これからは、ずっと同じ会社で働くことが難しい時代になってくるかもしれません。
自分の価値はいつもの場所から外に出たときに、初めて丸裸になります。同じ場所で評価されることに安心せず、組織の外側から自分の価値を常に意識できる人が、伸びていくはずです。今いる組織にこだわらず、複数の場所にコミュニティや仲間を持っておくことが、自分を強くしてくれると思っています」
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写真:MIKAGE
取材・執筆:田中 瑠子





