『虎に翼』脚本家・吉田恵里香氏に聞く キャリアの選択と失敗の乗り越え方
女性のキャリアやLGBTQに関する作品も手がけている吉田恵里香さんへの特別インタビュー。第2回は、吉田さん自身のキャリアや子育てと仕事の両立について語っていただきました。
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『虎に翼』脚本家・吉田恵里香氏「小さな主語で語ること、が男女平等の第一歩」

吉田恵里香さん
脚本家。1987年生まれ。NHK朝ドラ『虎に翼』、テレビドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『花のち晴れ〜花男 Next Season〜』、映画『ヒロイン失格』『センセイ君主』など、多くの作品で脚本を手がける。2022年のNHKよるドラ『恋せぬふたり』で第40回向田邦子賞、ギャラクシー賞を受賞。4歳の男の子の母。
子育ては「いかに楽しく過ごすか」を優先
- ―NHK朝ドラ『虎に翼』の脚本執筆と子育ての両立。どのように乗り越えたのでしょうか?
- 吉田:私は好きな仕事をやっているという前提がありますが、「この仕事を続けたいからチャンスを逃したくない」という気持ちが強かったですね。朝ドラの脚本を書くことは夢だったので。なので例えば母に夕飯を作ってもらったり、保育園のお迎えに行ってもらったりというサポートをお願いしていました。
その分、子どもと過ごす時間は「いかに楽しく過ごすか」を意識してます。それが結局仕事へのモチベーションにも繋がっているんですよね。
例えば息子は小さい頃からご飯をあまり食べてくれなくて。もし、私が忙しい中で一生懸命作ったご飯を食べてくれなかったらやっぱり辛いし、優しくなれない時もあったと思います。そして子どもが寝た後に、自己嫌悪が襲う。でも、私は子どもが寝た後にも仕事がしたかったので、そんな自己嫌悪にも陥りたくなかった。そういう意味でも母が育児のサポートをしてくれたというのは精神的に救われました。
また、土曜保育に預けたくない気持ちもあったけど、土曜に打合せも入ってしまう。結局家に一緒にいても仕事が進まなくてイライラしちゃう。だったら忙しい時は土曜保育も活用して、子どもも保育園で先生を独占して楽しんでもらって、私は仕事をする。そうやって、自分の中にある「理想の母親像」を削いでいく感覚もありました。
それこそ子どもに動画ばかり見せない方が良いではないかとも考えていましたが、そんなのは無理ですし。我が子はすごくゆるく育てているので、今でも楽しさを優先することを一貫しています。
- ―お子さんにどのように育ってほしいと思いますか?
- 吉田:月並みですが、人に優しく差別をしなければ良いと思っています。あとは楽しく生きてほしいなと思っているくらい。親として最低限のことを教え、あまり私の思想を押し付けないようにしています。
- ー親として最低限のことというのは?
- 吉田:「男は○○」「女は○○」という表現を極力使わないとか、色々な地域の絵本を読むとか、「この言葉でこういう気持ちになるんだよ」ということを伝えるくらい。
やはり男女の不平等に関しても、自分の肌で感じて、自分で言語化していってほしいとは思っています。だからこそ、今は世の中のことを吸収する土台を作る時期。凝り固まった人にならないよう「当たり前」をどれだけ広く持てるかが大切なのかなと。
- ―育児が仕事にとってプラスになったと感じたことはありますか?
- 吉田:人に優しくなった気がします。私自身も、あと2時間あったら今日中に納品できたけど、子どもと寝落ちしてしまって、さらに朝も子どもがぐずって出発が遅れて…と、スケジュールが思うように進行せず、約束が守れないことが何度もありました。
でもそれって子育てじゃなくても起こること。人がどんな事情を抱えているかなんて、仕事相手にはいちいち言わないわけですし。私の場合は、完成したものが面白ければ良いのではないかなと、自分自身に対してもちょっと優しくなれています。
1回の失敗で人生は終わらない
- ―吉田さんの作品には、社会に対する勇気ある発言も多く含まれています。それを後押しする力の源は?
- 吉田:「5年後の自分が見た時にどう思うか」を考えるようにしています。今の選択に対して、5年後に後悔しそうなのか、それともたとえ失敗しても仕方なかったって思えるか。未来の自分を想像して、客観的に判断するようにしています。
- ―吉田さんもこれまで仕事で失敗や挫折をしたことはあるのでしょうか?
- 吉田:たくさんの失敗をしてきました。コンペに通らないとか、仕事を降ろされてしまうとか。でも、結果論ではありますが、1回の失敗で人生は終わらないなと気付いて。
例えば、昔は自分の作品が評価されなかったら「人生もう終わりだ」と思っていたんです。でも、意外と終わらない。しかも失敗したと思っても、その過程を見てくれる人がいて、次の仕事に繋がることもある。良い結果を残したから仕事が勢いよく増えるというわけでもないんですよね。
- ―失敗しても人生は終わらないと気付いたきっかけはありますか?
- 吉田:初めてアニメのシリーズ構成の仕事をした時です。その作品に対して、私的には上手くいかなかったと感じることも多く、心残りもあって。「アニメのお仕事はもういただけないだろう」と思っていたのですが、そんなことはなかったんです。むしろ、逆に失敗したことによって、次の仕事では同じ失敗をしなくなる。痛みを知ったからこそ乗り越えられることもいっぱいあると思っています。
- ―夢だった朝ドラの脚本執筆を無事に終えて、次なる目標を教えてください。
- 吉田:もう1回朝ドラの脚本を書きたいと思っています。どうやら大体7年〜10年くらいのスパンで2回目のチャンスが巡ってくることがあるらしいです。そのご縁をいただけるように、これからの10年間を頑張りたいと思っています。
- ―最後に、30代・40代の働く女性にメッセージをお願いします。
- 吉田:私自身がそうなのですが、30代・40代はちょうど悩みのフェーズが変わってくる年頃かと思います。「こんな仕事がしたい」と思っていた20代から、「今の仕事は好きなんだけど、このままではちょっとな…」と考えてみたり。いわゆる中堅になって、上も下も見なきゃいけないから大変な時期でもあると思います。でも、だからこそ上と下とを繋ぐ立場になって、連帯ができる年頃でもあると思っています。中堅というポジションを有効に活用して、皆が連帯できると、生きやすくなるのかなと考えています。
残念ながらハッピーなことだけで連帯できる世の中ではないですが、「しんどさもかすがい」だと思って、中堅時代を楽しめる世の中になると良いなと思います。