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マイキャリアストーリー

『踏み出すことがすべての起点』
STELAQ代表取締役社長 三宅香代子さん【前編】

誰しも迷うキャリアの決断。管理職として活躍する女性はいつ、何に悩み、どう決断してきたのか。キャリアの分岐点と、決断できた理由を語っていただきます。

今回は、株式会社STELAQ代表取締役社長の三宅香代子さんにお話を伺いました。

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三宅 香代子(みやけ かよこ)さん

株式会社STELAQ代表取締役社長

自動車部品メーカーにてソフトウェア開発に従事。その後ドイツの認証機関において、自動車の機能安全に関する監査やコンサルティング業務を担当。2021年にSOLIZE株式会社(現SOLIZE Holdings株式会社)に入社後、ソフトウェアエンジニアリング事業を立ち上げ、2024年8月に代表取締役社長に就任。

エンジニアから機能安全の領域へ、キャリアの幅を広げていった

組み込み機器から金融・医療・保険業界向けの基幹システムまで、高い品質が求められる領域でのエンジニアリングサービスを提供するSTELAQ。2024年8月に、グループ会社であるSOLIZEから分社化する形で設立され、品質保証サービスや国際規格の認証取得支援などのコンサルティングも手掛けています。

代表取締役社長の三宅香代子さんは、もともとはSOLIZEの事業責任者でした。ソフトウェア開発からテスト検証、コンサルティング支援まで一気通貫でサービスを提供する新規事業を立ち上げ、「この事業を売上100億円規模の会社にしていこう」というグループの方針から、「気づけば社長に就任していた」と話します。当初数人でスタートした組織は、2025年7月時点で200人超の規模まで成長を続けています。

組み込みソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートさせた三宅さん。自動車部品メーカーをはじめ、複数の企業でエンジニアとして経験を重ねたのち、専門領域を広げようとドイツの認証機関で機能安全のコンサルティング業務を経験したことが、STELAQの立ち上げにつながっていきます。
「大学では化学を専攻していたので、エンジニアとはまったく縁のない領域でした。そんな中で、ITの世界に興味を持ったきっかけは、卒業論文を書くためにMicrosoft Windows 95や98に触れたこと。当時は、インターネットが一気に普及し始めた時期で、『パソコンのほうが面白そう!』とのめり込んでいきました。新しい技術が生まれていくワクワク感に惹かれたのでしょう。『IT技術に携われる会社に行こう』と就職活動を始めて、自動車部品メーカーの組み込みソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートさせました」
学生時代から車を運転していたこともあり、「自動車なら身近にあって、馴染みやすいだろう」と自動車部品メーカーを選んだ三宅さん。実際のところ、「ソフトウェアに関われるなら業種に大きなこだわりはなかった」と笑います。
「最初は自分が作ったプログラムが世の中に出ていくことが純粋に嬉しくて、エンジニアとしていろいろな知識をつけようと、約10年で3社を経験しました。1社目は日系メーカーのグループ企業でしたが、優秀な先輩たちが外資系に転職していくのを見て、私もチャレンジしてみたいと思うようになりました。そこで、外資系の環境でも通用するようにと、一度仕事を辞めてオーストラリアに語学留学する構想が浮かびましたが、なかなか踏み出せず。ワーキングホリデービザで行ける20代後半ギリギリに『今しかない!』と思って決断しました。
その後入った外資系自動車部品サプライヤーでは、ドイツでグローバルマネジメントを経験させてもらい、次のキャリアを考えるきっかけになりました」
約10年のエンジニア生活を振り返り「もうやり切った」という気持ちに至った三宅さん。次に選んだ道は、ドイツの認証機関で自動車の機能安全に関する監査やコンサルティング業務を担うことでした。
「自動車部品サプライヤー時代は、ドイツに在住していた時期もありました。丁寧に確実に仕事を進めていく働き方が日本と似ているところもあり、過ごしやすい国だなと思っていたんです。“機能安全”は新しい分野でしたが、自動車に関わる仕事であれば親和性がありますし、ドイツにも関わりがあり、キャリアを横に広げるにはいい選択なのではないかと考えました」

箱にこだわらずにスキルを高めることが“安心”につながった

キャリアを中断してのオーストラリア留学に始まり、外資系企業への転職、専門領域を変えてのチャレンジなど、足場をどんどん変えて動いてきた三宅さん。慣れ親しんだ場所や分野から離れる不安はなかったのかと聞くと、「不安は、いつもあまり感じないんです」とあっけらかんと話します。
「動くときは、『自分の中でやりきったので別のことをやりたい』という気持ちのほうが強いですね。私が社会人になった当時は、転職は今ほど一般的ではありませんでした。ただ、エンジニアだったこともあり、私の周りには『やり切ったから次に行く』というタイプの人が多かった。さらに外資系に行くと、”箱“にこだわらずに自分のキャリアにフォーカスしている人が多くいます。
『スキルや経験を積んだら、キャリアアップを目指して次の環境に行く』という価値観が許容される環境があって、そういう動き方に憧れもありました。いつでも、自分がやりたいことを選べるような経験を持っていたいし、専門の領域を持っていたい。同じ環境に留まるよりも、箱にこだわらずに自分のスキルを上げてどこでも働ける力をつけておくほうが、私にとっては”安心“できました」

→「後編記事」に続きます





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写真:MIKAGE
取材・執筆:田中 瑠子

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